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 新房監督&シャフト、今期作品対決!
 『【懺・】さよなら絶望先生』 vs 『化物語』!!

 んー……。
 どちらも「監督作品」「シャフト作品」らしくって、対決にならないなー(笑)。
 あえて指摘するなら、その「色」が当該作品に合っているのか……でしょうか。
 もうここまで独自色を出してしまうと表現のアプローチとして逆になっているのではないかと思うのですよねー。
 作品の魅力を伝えるためにその手法があるのではなく、手法を表現するために作品がある……というような。
 ですから作品と表現者の出会いが倖せであったのか不幸せであったのかは、もう天運に任せるしかないっちう……。


 その視点から言わせてもらうと、『絶望先生』は倖せな部類なのではないかなー……と思います。
 もともとこれまでのシリーズがあるので印象にも慣れがありますし、原作からして一般的な見せ方に倣っている作品では「ない」ですしねー。
 表現としてアニメにおいてはエッジな新房節が持ち回されても、そもそも原作の表現法を通常のアニメ手法では活かせないのですから「これはこれで」という印象になるっちうか。

 フグの白子の代わりにタラの白子を持ってきてもしかたないでしょー……って話に近いのかも(by『美味しんぼ』)


 一方、『化物語』にいたっては、まだこの両者の出会いについて倖せだったのか不幸せだったのかは不明……でしょうか。
 『絶望先生』はコミックという視覚的ジャンルであるのでアニメとは近しい間柄ではあったと思うのです。
 しかし『化物語』は小説という媒体ですから、そこはコミック以上に「読み込む」変換が必要になってくるというワケで……。
 その変換においてノイズがはいってしまったのかそうでないのかは……まだわからないってことで。


 しかしことわたしに関して言えば原作を知らないだけに、新房節が効き過ぎているようなカンジがしないでもなかったです。
 奇抜すぎる表現が多いので、それが原作でどう表現されていたのか、きちんと補完状態にあるのか興味あるところです。
 あ、ステープラーの件とかは原作でも同様なのだなーと思ってますよ?
 そういう部分ではなくて、委員長の独白シーンとかどうなっているのかなーって。


 ああ、でもしかし。
 最近のエッジなアニメでは「キャラクターを映さず、背景をザッピングさせながら独白させる」手法は当たり前に使われていますか。
 『エヴァ』とか新海監督の作品でも多用されますよね。

 これが何故エッジに感じるのかと考えたのですけれど、もともとアニメーションはアニマという部分に意味があったというのに、そのアニマの体現者を存在させずに表現するという部分でエッジ――新しい表現方法となっているのではないかなー……と思いました。

 キャラクター中心にカメラを合わせて、その心情を掘り下げていくのがモダンアニメだとしたら。
 その視点を敢えてかわして見せているこうした作品はポストモダンなのかなーとか。
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