本やアニメの感想と、日々のつれづれなることを~。
プロフィール

鈴森はる香

Author:鈴森はる香
独断やら偏見やら、感想と妄想が入り交じるサイトです。
Twitter

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
リンク
カテゴリー
月別アーカイブ
ブログ内検索

RSSフィード
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




 融通が利かず厄介者扱いされて極北の地に飛ばされてきた中堅医師が目の当たりにする、医療崩壊の現場のお話。

 やーもー、これはすごかったー。
 事実を含んで入るにしてもひとつの偏向ではあるのだと思うのだけれど、いま、この瞬間において責任ある市民たらんとする人にはマストで読んでもらいたい作品です。
 読んで、その現象を知り、そして考えろ……と。

 べつに今作で描かれたことが全て現実に起こっていて、そして読み手へ訴えたメッセージがすべからく正しいものだというつもりはありません。
 だけれど無関心であること、そして無知のままでいることは良くないと思うのです。


 身近な生活に関わる行政、社会の規範たり得る司法、そして未来の形を定める立法。
 三権がわたしたちを守ってくれているのか、その実効性や有用性について考えてみろと問うてくるのです。



 病はマイナス状態のところからスタートしているので、それを「ゼロ」=「健康」へ戻しても感謝されない。
 健康にしてくれて「当たり前」。
 わたしたちを支えてくれていることに気付かず、ただたたサービスだけを享受する姿勢が、三権の暴走による医療の支配を許してしまうのです。
 許してしまっているのです。


 「当たり前」のことだからそこに資金を投入することは無駄であり、資金をつぎ込むなら生活を豊かにしてくれる「可能性」のあるもののほうが良い。
 宿泊施設に観光施設。
 人が集まれば地元も潤うし、魅力ある土地になれば地元の住民も豊かになる。
 それは一理あるのですけれど、礎になる部分が瓦解してしまうようでは豊かさもなにもあったものではありません。

 健康は、失ってみて初めてわかる大切なモノです。
 これはフィクションなのではなくて、やはり現実に起こっていることなんだろうな……って恐ろしさがあります。
 とくにどこが舞台と明示されているワケではありませんけれど、むしろそれが「日本のどこにでも起こっている」という事実を突きつけているようで。



 現実に起こった事件をなぞるようなかたちで、経産婦治療を巡る医療過誤問題が作中で取り上げられているのですが。
 そのなかで亡くなられた妊婦の遺族のかたが口にした言葉。
 これはあえて海堂センセが言わせているのだとわかっているのですけれど、世の中の認識としては先述の「当たり前」と同様な事例なんだろうなぁ……って。

 お産は病気じゃないんだから普通は死なない。なのに明美は死んだ。それなら医療ミスかもしれない、と考えたって当然でしょう。

 人間という存在が、どれだけの奇跡の上に生きているのか理解していない恐さ。
 俗に性教育をもっと高めるべきとの声がありますけれど、さらに大きなくくりで生命とはなんぞやというトコロから知識を与えていかなければいけないのかもしれません……。



 三権が無分別にその力を行使して自己保身と自らが得る分だけの利益誘導をした結果、弱者は怨嗟の声すら上げられなくなっている現実。
 彼等に代わって声を上げるべきメディアも、もはや代弁者たる立場を見失い、ただただ強者におもねる存在に堕しているという。

 それすら気が付かず、むしろそちらに与しているが故に自らを強者と勘違いしてしまっているという愚かな事実!
 そこへも海堂センセは厳しい目を向けています。

「メディアはいつもそうだ。白か黒かの二者択一。そんなあなたたちが世の中をクレイマーだらけにしているのに、まだ気がつかないのか。日本人は今や一億二千万、総クレイマーだ。自分以外の人間を責め立てて生きている。だからここは地獄だ。みんな医療に寄りかかるが、医療のために何かしようなどと考える市民はいない。医療に助けてもらうことだけが当然だと信じて疑わない。なんと傲慢で貧しい社会であることか」
 一瞬静まり帰った場を取りなそうとしてか、顔なじみの記者が笑顔で言う。
「相変わらず手厳しいですね。まあ先生の人間嫌いは今に始まったことではないからなあ」
「私は別に人間嫌いではありませんよ。卑しい人間が嫌いなだけだ」

 総クレイマー……ですか。

 WEBが普及して、わたしも含めてこうして感想やら批評やらを簡単に行える時代になりましたけれど、それもある意味では「クレイマー」になっているのかなぁ……と考えてしまいます。

 エンターテインメントなのだから、自分を楽しませるのは当然だ。
 楽しくない作品があるとしたら、それは自分ではなく作品に問題があるのだ!
 もっと楽しい作品を作れ!

 ――じゃあ、そんな自分はエンターテインメントに対して、なにかを返していっているのか、と。


 誰かになにかを求める、そして何かを得る。
 自分はそれにどんな代償を払うのか、その覚悟はあるのか。
 そんなことを考えてしまうのです……。




 えーっと、そんな展開なのですが、いわゆる「桜宮サーガ」としての魅力も十分にありましたよ!
 とくに終盤、次々に姿を見せるシリーズキャストには興奮!
 しかもその誰もが医療に対して強い想いを抱いている面々ばかりなので、わずかな登場であってもその想いはハッキリと示されていますし、また伝わってくるのです。

 あー、もちろん「桜宮サーガ」を知っていることは前提なんですけどね。
 メディアや司法、行政といった「自覚していない毒」に医療が弱らせられてしまったトコロへ、あの人とかあの人とかあの人とかが登場してくる流れには感涙ですよ!(T▽T)


 しかし、こうも思ってしまったのですよね……。
 今作で極北病院は、卑しい人間にさんざん食い物にされて、翻弄されて、傷つかなくてもいい人が誰かの代わりに傷ついて……。
 社会が正しく、優しさに満ちていれば、こんなにもボロボロになることはなかったハズなんです。
 だから、最後に勇気ある人たちが手を差し伸べてくれたことで救われた(ように希望が持てた)としても、それはマイナスの状況がゼロに戻っただけなんですよね。
 事態は当初のところから、少しも好転していないっちう。

 それはまるで健康に対する人々の意識にも似て、やるせない想いがしました。

スポンサーサイト
<< 尖りすぎてるわけでもないんですよね、新房監督は。 // HOME // 『晩夏に捧ぐ 成風堂書店事件メモ(出張編)』 大崎梢 著 >>

管理者にだけ表示を許可する
この記事のトラックバックURL
http://maturiya.blog107.fc2.com/tb.php/963-3af76b01
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
// HOME //
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。