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 んんんん……???
 ラストがよくわからなくて読み返してしまったー。

 昭和10年~戦前の章と、戦後の1952年(昭和27年)の章。
 ふたつの視点から描かれる物語で、終盤に向かって両者のつながりが明らかにされていくという形式なのですが。
 明らかになった部分と、1952年の主人公である進くんの認識が異なっている、認識が間違っていると思うのですがー。

 具体的には進くんはお父さんたちの会話の中身を取り違えてはいないか……ということなのですが。
 お父さんたちは<六甲の女王>のことを話しているのに、進くんは違う人だと思っているのですよね??


 んー……これはどういうことなんだろう。
 わからなくなって人物相関図を書き出したりもしたので、自分の理解と進くんの誤解は間違いないと思うのです。

 それとともに「過去のあの人が、実は現在でのあの人だった!」という真相に対しても、それが明らかにされたからといって現在の人間関係に衝撃が走るわけではなかったというのも幾分肩透かしをおぼえたところ。
 正体不明であった人物の背景がわかって、過去と現在をつなぐ関係が明らかにされていった部分にはカタルシスがあると思うのですが、それが物語において重要なファクターとなっていたのか……という部分に疑問をおぼえるのですよー。


 その設定をもったいない……と思うのとはまた違うのですよね。
 設定そのものは作品の軸になっていて、今作はそれを基礎にして生み出されているワケで。
 設定は有効活用されていた、だけれどそれがどういう意味を持っていたのかわからない……という。


 過去と現在が読者視点では結ばれたのだけれど、作中の人物にはその「神視点」を持ち得ないので真相を見間違えるのも無理からぬこと。
 人が犯す、そうした間違いへの無常観みたいなものが狙いだったのかなー。
 真実を理解するには、人はあまりに小さい存在である……みたいな。



 進、一彦、香の少年少女たちの関係も、のちに至った最終的な関係が少しもの悲しかったかなー。
 劇的さなどかけらもなく、至極常識的なものに落ち着いてしまったので。
 途中でも未来がそうなるであろうことが示唆されていただけに衝撃を受けるほどではなかったのですが、当たり前のことを当たり前のように描かれたことに対しての脱力感はあったという次第。

 えー、そこはさー、もっと、こう……と思わずにはいられなかったという(^_^;)。



 事前に計画していた「描くべき部分」については描ききって、その計画から外れるような冒険はしていない作品。
 それは完璧さを追求する職人のワザなのだと理解できるのですけれど、形式ばかりにこだわっているような気がして残念な気持ちにもなるのです。


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