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 うーん……。
 「作りました」感を強く感じてしまって、物語を追うどころではなかったー……。

 感情が昂ぶると電流を発する特異体質な女の子によって巻き起こされる悲喜劇なんですがー。
 当然そんな体質では人との接触で問題が生じて、集団生活では困ってしまうところなのはわかります。
 んでも、なぜその特異体質が「大体二十三歳を過ぎると完全に制御できるように」なるとされているところに引っかかりを。
 遺伝によって低確率で発症する症例なので研究が進まずに不明な点が多いのは置いておいても、しかしここで「二十三歳」という具体的な数値が出る違和感。
 まるで――
学校生活を営むことを困難にさせるための意図

 ――があるのではないかと穿った見方を。


 また過去にその特異体質がらみで人死にまで出た事件があったとされるのですが、その捜査をした警察の杜撰さがまた……。
 当事者からの聴取を最後まで行わず、推察だけで事件を終えようとするなんて。
 事なかれ主義の無責任な官僚制度を揶揄しているのかもですけれど、それが物語の展開に有為になっているのであれば、その批判は場違いになると思います。



 でもって一番の違和感は、先刻のその事件がらみでココロに傷を負った面々がこぞって主人公に「自分たちのために変わってくれ」と求めていることでしょう。
 作中でもこの件は「間違ったこと」として触れられていますけれど、それでも最後に至ってもなおまだこのことが解消されたとは思えません。
 彼らは、自身の傷ついた心を癒すために、主人公に居て欲しいし、自分たちを癒すための存在に変わって欲しいと願うのです。

 主人公もまた傷ついたひとりであることは、誰ひとり考慮していないという!

 自分たちは間違いを犯したけれど、その間違いをただそうと思う。
 だからオマエも正しくあってくれ。

 ――なんて傲慢。
 変化が自発的に生み出されるものでなくて、そこになんの意味が?


 たしかに主人公は受け入れられることを諦めて逃げているのかもしれません。
 でもそれを弱さだと弾劾する資格が、彼らにあるとは思えません。
 いえ、弱さを罪だと、弱いままで居ることは罪であると責めることができるような存在がいるのでしょうか?
 許されない弱さというものは本当にあるのでしょうか??


 主人公は彼らと交わることで強さを得ました。
 だけれども、わたしはその変化が正しいことだとは思えませんし、それを求めた物語が良いものだとも思えないのです。



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