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 ライトノベルなるものについて考えます。
 またこれか……というカンジがしないでもないですけれど、定義論。

 最近は個々の作品の内容ではなく、読み手の側の意識なのかなーと思ってます。
 たとえばライトノベルの雄たる電撃文庫で刊行されても、感想や書評を辿ると「ライトノベルではない」という言葉を見かけたりします。
 また、一般文芸として刊行されていても、多くのライトノベル読者に支持される作品もあります。
 つまりはレーベルが作品を位置づけるのではなく、読者が認めてこそ「ライトノベル」の地位に上がるのかなー……と。

 ライトノベル読者はやはりライトノベルが好きだから読むのであって、「非ライトノベル」のニオイを感じ取ったときそれを選ぶことはしないのではないでしょうか。
 そうした作品は「ライトノベルとして生み出されたのに、ライトノベルに成長しなかった作品」として淘汰されていくワケで。
 読者も含めた市場が「ライトノベル」の意味を与えている……ということもあるかも。


 読者に読まれるということは、ひとつの通過儀礼。
 受諾、認定、支持……であればイニシエーションは成功であり、次のステージへ移っていけます。
 判断保留でも、また次回(次作)で再挑戦できます。
 でも、拒否、弾劾、無視……となると、それはもう終わりを意味するのではないかと。


 ライトノベルの読者に受け入れられなかったとしても、作品が生きていく道はあると当然思います。
 ライトノベルに昇華することが作品にとっての最善でも最良でもないのですから。
 むしろ作品の生き方としては、進化の袋小路に陥る危険すら現状ではあると思います。
 だけれども「ライトノベルを運命付けられて誕生した」作品が読者に受け入れられなかったら、それはもう「死」しか無いのだろうと思うのです。
 ライトノベルに生み出された作品は、ライトノベルとして生きていくしかない。
 それができなければ、死、あるのみ。


 生まれた場所、生まれた時代が違っていれば倖せになれたかもね……。
 そういう悲劇に見舞われた作品って、あると思います。
 あると思います。


 橋本紡センセや桜庭一樹センセなどは、わたしが見たところ最近の作品はライトノベル読者から避けられている傾向にあるように思います。
 センセが上梓する内容にスタンスの変更や矜持の変化など大きな違いは生まれていないハズです(もちろん全く変わっていないとは言いませんが)。
 でも、読者が離れたそれら作品は、もはやライトノベルではない……のです。
 有川浩センセなどは、まだまだ受け入れられているように思えますし、書かれた作品は十分にライトノベルの範疇なのでしょう。


 えーっと。
 ニワトリタマゴ論争に近くなってしまった感も。

 出版サイドは「ライトノベル読者を狙って作品を作る」のでしょうけれど、だからといってそれだけでライトノベルにはならないと思うのです。
 ライトノベルはライトノベルに生まれるのではなく、ライトノベルになるのです。

 送り手側はライトノベルのことをたくさん考えればいいと思います。
 読者になにが受け入れられるのか、求められているのか。
 媚び、へつらい、あるいは新しいジャンルを提案しつつ、まだ見ぬライトノベルの子供たちを送り出してほしいです。
 ライトノベルのかたちはひとつではありません。
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