僕僕先生第2弾ってことで、祝シリーズ化!ってところでしょうか。
今作の最後のほうで神界仙界でのゴタゴタのようなものが描かれていましたし、あれって伏線ですよねー。
前作のラストで無事に僕僕先生との再会を果たした王弁ですけれど。
今作ではふたりで世界のあちこちを旅していくなかで夫婦であったり恋人であったりする関係のひとたちのトラブルに巻き込まれて。
で、痴話話の結果は別れたり別れなかったりするわけですけれど、そうした男女の仲について僕僕先生は「縁があれば巡り会う」みたいなことを言うわけで。
そうすると、やぱし自分と王弁には浅からぬ縁があったと認めているのかなーって。
普段、全然王弁に優しくないからこそ、いまこうして彼と旅していることを大切にしているように思えてくるのですよねー。
そこに「縁」があると理解しているのですから。
っていうか、王弁。
僕僕先生にメロメロで、どれだけ先生に軽く扱われてもその言葉に従ってしまう……っちうか、むしろ喜んでいる向きが見られるだけに救いがたいマゾですね。
いや、王弁が鈍感でよかったわ(笑)。
それだけ鈍感さ具合に救いがたいものを持っているのに、ただただ僕僕先生を慕う想いが結果を生んでいく様には反対に救われる思いがします。
疑うことが少なくない現実の世で、ただひとつの信じるモノを持っている人は強いなぁ……と。
がしかし。
王弁がことさら素直というわけではないのですよね。
光州を共に後にしてから既に日数こそ経っているが相変わらずの無防備な隙のなさで、接触はほとんどない。僕僕ときたらいつものように飄々として、王弁に近づいてくる気配もまるでなかった。
ころん、と寝返りを打って少女仙人の顔が王弁の方を向く。起きているときは小生意気に見える整った顔が、眠るとあどけない。
(先生、俺は五年間頑張ってよかった……)
アホでしょ!!
ねぇ、王弁ってすくいがたいアホでしょ!!!(笑)
「別にそういうことに興味があることはちっとも構わない。健康な証拠だが、よく考えてもみろ。弟子が昼日中から、目の前で、鼻の下を伸ばしながら人の情交をのぞきに行くのを川向こうから見なければならない師匠の無念を。ボクは情けなくて涙も出ない」
日もすっかり暮れ、夜風が寒いと感じる頃にようやく第狸奴の門を開けた僕僕は、珍しく長めの説教を王弁に垂れた。
腰に手を当てたえらそうな様子ですら、なにか甘美な露がそこからしたたってくるようで、彼はうっとりとなる。
(ああ、なんか可愛いなあ)
ぼへーっと師匠のくちびるを眺めていると、ぎゅうぎゅうと両頬を引っ張られる。
「キミは本当に外で寝たいみたいだな」
漏れてる!
考えてることが漏れてるから!!!(笑)
しかしこんな「僕僕先生、だーいすき!」な態度が愛らしく頼もしくもあります、王弁。
迷うこと、惑うこともありますけれど、それは僕僕先生が自分のことをどう思っているのかを考えるときだけで。
自分が僕僕先生を好きだと想う気持ちは疑っていないのですよね、王弁は。
僕僕先生もそんな王弁だからこそ、縁を信じているフシもありますし〜。
上記の場面でも「師弟」としての理みたいなことを説いてますけれど、いやしかし、他人の情交をのぞいていた王弁にジェラっているようにも見えるのですけれどー??(≧▽≦)
人間と仙人という立場と生き方の違いのために僕僕先生もこのまま王弁をつなぎとめていて良いのか考えてしまうんですよね。
彼の子を成すことができないということに、彼に対して責任感をおぼえていますし。
立場の違いや男女としての問題。
こーゆーことって人間と仙人にかかわらず、現実にも起こりうるっちうか既に「ある」問題だと思いますしー。
そういう問題に直面しながらも、ただ僕僕先生のことだけを想って生きていく姿に、わたしは頼もしさを感じるのかもしれません。
師匠が嘆くくらいのアホな弟子かもしれませんけれど、生きていくことに対しての強さを彼は持っていると思うのです。
あー、続きが楽しみ〜。
