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 上手く言えないのですけれども。

 気持ちが昂ぶっている人に「冷静になれ」と言う「だけ」の姿勢は上手くないのではないかなーと。
 それを言われた側は、これはもう俗に言うところの「正論を言われると腹が立つ」状態に陥るような。
 それでは言う側が望むところの「冷静」にはほど遠いわけで。

 熱した鉄に水をかけて冷やしても、その内部はまだ十分すぎるほどの熱を持っているっちうか。
 表面上は鉄色に戻ったから冷えたのかなと思っても、その内はまだまだ真っ赤な灼熱であると。

 もちろん真っ赤な鉄にかけられる水が、それはもう大量にあるのであれば冷えるのもまだマシにはなるでしょうけれど。
 それって例えば「熱くなっている人」より上位の人の言葉であるとか、そういうことになるのではないかなーと。
 自分よりはっきりと熟練者である、もしくは人格者であるとわかる人からの「冷静になれ」という言葉は重みを持ちますよねぇ……というカンジ。
 ということは、自分と同じ立場の人からの忠告?は冷ますには至らないということではないのかなーと。


 同等の立場の人に向かって「冷静になれ」と言っても、あるいは同格の人から言われても、結局はすぐには冷静になれるはずもないのです。
 「冷静になれ」という言葉は強制的に冷却することを求めるものですが、言う側にも言われる側にもそこまでの冷却パワーが無いっちう。
 だとすれば自然に冷えるのを待つほかないのですけれども、なにもせずに無為に時間をすごすのではなく、やはり少しでもその熱が抜けていくことに努めたいのですが、さてどうすれば?
 これって、「熱を抜く」=「その人の考えを理解する」ことなのではないかなー、とか思ったりして。

 その人がなぜ熱くなっているのかを理解して、その熱さを別の質のエネルギーに転換させてあげることがこうした場合の聞き手や受け手に必要なのではないかなー……。


 昂ぶっている人に向かってその原因を理解しようとせずに「熱さ=罪」だと決めつけた上で「冷静になれ」という言葉を発するのは、「そういう言葉を言うオレ、クールでカッコイイ!(≧▽≦)」という姿勢なのではないかなーとか。

 熱くなっているときはたしかに周囲が見えなくなっていたり妄執に囚われたりしているかもしれませんけれど、「なにかを変えたい!」「伝えたい!」という原動力でもあると思うのですよ。
 そうした熱さから動き出し、新しいなにかが生み出されることもあると思います。
 もちろん「冷静さ」の中でゆっくりと着実に動き出すこともあるでしょうから、陰陽の関係ではありませんけれどやぱし「冷静と情熱の狭間」で世界は動いているのだと思うのです。

 えーっと、つまり。
 昂ぶる感情を冷笑して「冷静になれ」というのはカッコイイことでもなんでもなく、それはただの無関心であるのだと。
 そうした冷めた感情にはエネルギーはなくて、世界を動かすことはないのではないかなーと。

 無茶してバカやって後先考えずに動き出すのは非効率でかっこわるいのかもしれないけれど。
 でも、傍観者であるよりは当事者でいたいよね。



 ……ほら、やっぱり上手く言えなかった(笑)。
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