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 学園モノを書きたいと言い続けて、今回ようやくそれが編集サイドからOKをもらっての上梓だそうなのですがー。
 そうした過程で忘れてしまった、失われてしまったものがあるんだろうなーと感じずにはいられません。
 物語として肝心な部分が抜け落ちた作品というカンジ。
 カタルシスもシンパシィもおぼえないのですよ。


 学校統廃合で母校が消滅する危機に直面し、それを直接生徒同士での勝負事で決着しようという展開は娯楽作品としてアリかと思うのですけれどー。
 その勝敗の行方がなんともヌルイといいましょうか。

 「雨が降れば負ける」という条件を振って、「晴れたから勝てた」っていう流れは、もうなんの冗談かと思いました。
 へ? は? 本当に天候ひとつで勝敗が左右されてしまうの……?
 あまりにも単純すぎでしょー。それは!(><)

 主人公は策を張り巡らせて窮地にある母校を勝利へと導くのですが、それも最後の最後のところで天候に命運を預けてしまうのですよ。
 名軍師だとか自身の名前にかけて「諸葛亮孔明」だとか言われたりしますけれど、本当に孔明を気取るなら天候すらも操ってみせなさいよ!操る努力を見せなさいよ!とか思ったわ。
 たしかに天候に賭ける意気込みはわかりましたけれど、そんな彼が勝利のための「晴れ」を呼び寄せるためにしたことといえば照る照る坊主を作ることだけだという……。

 ……え?
 なに、この軍師。
 勝負するという状況を作ったところまでを考えれば三流とは言いませんけれど、いいとこ二流の軍師ではないかなぁ。
 すくなくとも「いざ降雨になったときの準備」くらいは見せて欲しかったわー。
 この軍師が『会長の切り札』というのは、ずいぶんと安い勝負をしているなーという印象になってしまったのですよ。


 じゃあ、仮に雨が降ったらどうなったの?……という疑問がわくのですけれど、その答えは主人公は敗北していて、母校は統合されて無くなってしまうということになりませんか?
 彼らのお話が物語たり得るならば、たとえどんな状況になったとしても彼らは彼らなりの物語を創り上げる姿勢を見せるべきだったと思う次第。
 「晴れたから勝てた」なんてことを当然の理由にして、ゆえに勝てたのだから物語だと高言するのは幼すぎやしませんか?



 加えて主人公たちのモチベーションにとても違和感が。
 統廃合によって整理対象にされて母校が無くなるというのは、たしかに残念な出来事なのかもしれません。
 それは多くの人の共通認識で是とされるかもしれません。
 だけれども、その共通認識が読者全ての行動起因たり得るかはまた別の話でしょうと。

 作中で、どうせあと数ヶ月で卒業してしまう自分には母校がどうなろうと関係ないと言い放つ生徒が登場しますけれど、こういう認識だって当然あると思うのです。
 または、「風雲たけし城」よろしくイベント性高い行事に参加してまで必死になって母校を守ろうとは思わないという人も居るはずです。
 さらには統廃合で組み込まれた新しい学校で新しい生活を始めることに期待を抱く人もいるに違いないのです。

 母校がなくなることは悲しい。
 それはたしかに真実です。
 でも、その真実が全ての人の正義たり得るのか。
 わたしは違うと思うのです。
 今作は、その認識を絶対のモノとして、そこに異を唱える人を「悪」として排除している気がしてならないのです。
 絶対正義に集う生徒たち。
 それがわたしには気持ち悪かったです……。
 押しつけがましいというか……。


 さらに付け足すと、主人公カップルの会長と副会長のふたりの意識について。
 このふたりの「本当の」モチベーションは、学校が無くなることではなくて「ふたりで一緒の時間を過ごすこと」にあるのだと思うのです。
 学校という枠組みは、その望みを叶えることに適したスタイルというだけで。
 それが見えてくるからふたりが学校のために働こうとする行為はまやかしのモノに思えてしまうのです。

 極論から言ってしまえば幼馴染みのふたりは言葉に出来ないだけで意識の中では互いのことを認め合っているワケで、学校が別になろうとこの関係は続くに違いないのです。
 そんな彼らが学校のために本気になるとすれば、いまの関係が壊されるかもしれないという危機にならなければいけないハズなのに、今回の事件ではそれが起こらない。
 会長の女の子は幼馴染みの副会長が必死になってがんばる姿が見たいだけですし、副会長の男の子は幼馴染みの会長が望んでいることを叶えてあげたいというだけなのです。
 学校の存続という危機は、ふたりの関係においては単なる消化イベントでしかないのではないでしょうか。



 気持ちはハッキリしているのに確たる関係には至っていないものどかしい幼馴染み。
 ほかにもこうした関係があちこちに散見されて、いま時分のライトノベルの様式のなかではスタンダードな作品なのかもしれません。
 学校同士の直接対決で統廃合の行方を決するというのも娯楽作品としてのスケールを持っているのかもしれません。
 でもしかし。
 だからといって物語として正当性や妥当性を含んでいるのかという点は、また別のお話なのかもしれません。

 読み手への共通認識やノスタルジーのようなあいまいなものに立脚させるためではなく、会長が!副会長が!そして生徒のみんなが!、この学校がなくてはならない理由をそれぞれに個人的なところで持つべきだとわたしは思います。
 「自由な校風のこの学校でなければ、そんな趣味的なサークル活動はできませんよ?」というのは個人的なトコロではないと思うのです。
 統合されて他校に移ったことを理由にサークル活動を終えてしまうのであれば、その活動に対しての熱意はそこまでのものだと考えてしまうので、そこに感情移入はできないのですよー。
 状況が変化すればサークル活動も影響を受けるというのはわかりますけれど、「他校に移ったから無理だ」という理由に熱意は感じないのですよねぇ……。

 もちろん、いざそうなったら活動継続のために働き出す可能性もあって、いまはまず現状を守るために闘うのだ!ということは理由になるわけで。
 うん、まぁ、そういうことなのかもしれません。
 けどねー。



 ……うえー、語っちゃったなぁ。
 まぁ、でもしかし、反発するところをおぼえたにしても物語の要素としては「いつもの鷹見センセ」らしいのかもしれないなーとか思ったりして(^_^;)。
 自分にしてもこれだけ語っちゃったのも、そうしたセンセらしいところを認めているからでしょうし。
 心底嫌いなものに、こうまで熱くなって反応はしませんて(笑)。



 イラストを担当されているKeGセンセはイラストレーターとしてたくさん活躍されているかたですし、アニメ塗りされた表紙はスッキリとして見栄えが良いと思います。
 生徒会長を大きく立ててポイントは押さえてますし、加えてチビキャラを配してにぎやさかもあったりして。
 ペールブルーの背景も清潔感があると言いましょうか。
 縦置きされたタイトルロゴも規律をカンジさせつつ微妙に丸みを帯びたフォントで柔らかさがありますし、「切り札」の部分のデザインにアクセント入れているトコロが面白いなーと。
 これまでの鷹見センセの作品のなかでは随一の表紙デザインだと思います。
 編集部がどう考えているのかわかりませんけれど、作家買いをしない人が店頭で手にする率は高いんじゃないかしらかしら(笑)。

 ……なのに、このオビは無いわなぁ、とか思ったー。
 スニーカー文庫の20周年記念仕様なのかもしれませんけれど、このオビにデザインセンスは感じなかったわー。
 センス以前に、工夫しました、という点が見あたらないっちうか。
 コピーもありきたりすぎて物足りないですし。
 スニーカー文庫は、こういう部分でほかのレーベルに劣っているような気がしてならんのですよ。
 残念だわー。
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