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 ある日を境に面識のないオンナノコと親しくなる、または急接近したことから転がり始める物語。
 一例をあげるなら「空から降ってきたオンナノコと同居する」といった物語様式をその「落下」になぞらえて「落ちモノ系」と呼び表したりすることがあります。
 一般的かどうかはわかりませんが。
 ともあれ、落下にかぎらず「偶然か奇跡か、自分の意図した努力とは関係ない要素が導いたオンナノコとの出会い」の総称だとこの場では思ってください。

 で、今期の新作アニメではそれが多いことが指摘されてるわけですよ。
 『かんなぎ』や『鉄のラインバレル』、『とある魔術の禁書目録』などなど。
 『ケメコデラックス』も?

 「落ちモノ系」の大前提は「出会いは偶然」というものですから、視聴者にも「いつかは自分も……」と夢みさせてくれるワケで、物語というよりこの場合「作品」として都合が良いのだろうなぁ、と思います。
 主人公の立場に共感や感情移入するためのハードルが低いのですから。


 こうした作品では正ヒロインはもちろん「落下してきたオンナノコ」になるわけですけれど、その他に「幼なじみキャラ」というオンナノコの登場も少なくないのではないかと思ったりして。
 先述の例でいいますと『かんなぎ』や『ラインバレル』には登場してますね。
 よく目に付くということは作品に登場させやすいということであると思うので考えてみたところ、ちょっとイヤ~な考察がまとまってしまったのです。

 「落ちモノ系」の物語において「幼なじみキャラ」の役割は、1に「当て馬」、2に「主人公の魅力補正」というところに尽きるのではないかということです!(えー)
 まず1の「当て馬」について。
 「落ちモノ系」の前提が「偶然の出会い」あることは先述しましたが、その「偶然」に主人公がぶち当たるまで「幼なじみ」との関係はまったくの安定状態にあったと推察されます。
 もっと親しい関係になりたい。
 でも万が一ダメになってしまうなら、いまの位置関係でも我慢できる。
 でもやっぱり……みたいな(笑)。
 で、そんな安定状態に飛び込んでくるのが「落ちてきたヒロイン」なのです。
 主人公と2人、落ち着いた立ち位置関係であったというところを見事にかき回してくれるわけです。
 全体の物語とは別に、「幼なじみ」の「物語」もここで始まる、動き出すのです。
 それまでの安定状態などは波も立たなければ風も吹かない「物語」とは呼べぬものだったのですから。

 ただしそれは「幼なじみ」の側から見た場合のこと。
 主人公も「幼なじみ」と同程度の気持ちを持っていれば、多少なりとも動きはあったはずです。
 それが「なにもなかった」位置で収まっているのであれば、それはもう主人公には「幼なじみ」ほどのパッションが無いと判断されるべきです。
 そしてオトコノコというのは基本的に熱血なお馬鹿さんですから、それまでの退屈な毎日(幼なじみ)よりも目の前に表れた刺激のある日常(落ちてきたヒロイン)を選んでしまっても無理はないところです。

 あえて言いましょう。
 「ヒロインが落ちてきた段階で、幼なじみに勝ち目は無い」のです。
 これが「幼なじみ」が「当て馬」になってしまう理由です。


 続いて、その2「主人公の魅力補正」についてです。
 「偶然目の前に表れたオンナノコに引かれていく主人公。そしてオンナノコも主人公のことを……」という流れが「落ちモノ系」では進んでいきますが、基本・熱血バカの主人公のオトコノコはそれでいいとしても、落ちてきたヒロインのほうはどうでしょうか?
 偶然出会った異性に簡単に惹かれていくものでしょうか?
 オトコノコのほうは「熱血バカ」で、オンナノコのほうは「ロマンス好き」だから「偶然の出会い」に燃え上がるのだ!といわれればそれまですけれど、説得力に欠くところがあるような気がします。

 はい、そこで必要な説得力を運んできてくれる存在が「幼なじみヒロイン」なのです!

 「幼なじみ」が運んできてくれる説得力というのは、もちろん彼女の好意にほかなりません。
 彼女が向けてくる好意によって主人公は「オンナノコにとって魅力的な部分を持っている」という絶対的な理由を持つ存在になるのです!
 それがたとえ「幼なじみ」な彼女ひとりであろうと、ゼロかそうでないかは説得力のうえで大きな違いになってきます。

 また「幼なじみ」と友人としてとはいえ付き合いがあることで異性との距離感について計算できるようになるのも見逃せません。
 異性の前では緊張してしまう……という設定を付加するのでもない限り、主人公がヒロインとのコミュニケーションに不都合を持ってしまうのは展開上よろしくありません。
 「当て馬」としての彼女を練習台として、主人公はオンナノコと付き合っていく魅力を潜在的に磨いてきていたのです!



 まとめますと――
 「落ちモノ系」での「幼なじみキャラ」は悲しいかな負け組である。
 ――ということでしょうか。
 作品の中ではあくまで従属性であり、正ヒロインの引き立て役に甘んじるほかない立場なのです。
 しかし彼女の存在が作品に必須の「ラブコメ」を生み出すことはもちろんで、正ヒロインと主人公の関係をより短時間で意識させるものになることは間違いありません。
 そして余談にはなりますが、こうした負け戦を挑むヒロインを好きな層というのはいるもので、その「フラレかた」さえ真っ当にまとめ上げれば作品への評価を高めることになるでしょう。
 「熱血バカ」が「当て馬」をポイ捨てするような作品は、正しいラブコメ像とは言えないと思います。



 ところで。
 初めのほうで「落ちてきたヒロイン」は視聴者に共感や感情移入を起こさせ易いと表しましたが、一方の「幼なじみヒロイン」はこれは時間が巻戻らない限り手に入らない存在です。
 ある日を境に「幼なじみ」ができた――なんてことは起こりえないからです。

 では、起こりえないからといって視聴者は感情移入が出来ないのでしょうか。
 いいえ、違います。
 人は「手に入らない存在」に強く憧れを抱く生き物なのです。
 「幼なじみ」とともに日常を過ごす主人公に、感情移入とは別に自己の投影をして視聴者は楽しむのです。

 「落ちてきたヒロイン」はいつか起こりうることを望む現実寄りのドリームであり、「幼なじみのヒロイン」は決してつかむことのできない理想寄りのドリームなのです。
 こうしたふたつのドリームが合わさるからこそ、「幼なじみが登場する落ちモノ系」作品はより深く楽しめるエンターテインメントに仕上がるのです。



 「落ちてきたヒロイン」単体や「幼なじみヒロイン」単体それぞれで物語を作るのではなく、両者は主従の位置の違いはあれどとても強い親和性を持っています。
 作品を作るのであれば、とにかく両者をMIXしとけ……と、わたしは思います(笑)。
 それだけで、十分に物語になります。

 ……なんだかうまくまとめられなかったですけれど、ここまで書いて満足したので終わります(酷い)。
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