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 世界の裏事情が見えてきて物語も動き始めているなーという感覚はあるのですけれども、実際にセシリーたちが過ごす日常は地味ですねぇ。
 主人公からみで派手さが無いといいますか。
 んでも、派手さはなくても熱さはあるワケで。
 んもー、なんなのよー、彼女の剛速球は!(笑)
 人間のやることにある、行動の裏、建前、言い訳、繰り言……etc。
 そんな虚飾をすべて取っ払っちゃって、その奥にあるひとつの真実だけを叩きつけてくるっちう。

 己の無力を嘆いても詮無い。だからそれは捨て置く。
 そこに自分の力が及んでいようとなかろうと、結果的に彼女たちが救われるのならば問題は無い。そう思う。自分はみっともなく他者の脚にしがみつき、乞い求め、その人に力を行使してもらう。それで彼女たちが救われるなら偽善や誇り云々など瑣末なこと。
 ――救うために、体裁は棄てろ。


 無力だから、勝算が無いから。
 そんなことは「動かない」ことの理由にはならないのですよね。
 失うものと得るもの、ふたつを天秤に図って失うものが勝ってしまったとき、人は「動かない」ことの理由を探し始めるわけで。
 自分の役割ではない、時期尚早、大局的見地……。
 そんなもの、だからどうした……と。

 間違っていることは間違っている、そして正しいことは正しい。
 立場とかタイミングとか、そんなことで揺れ動くようなことは間違いでも正しさでも無く。
 それはただの「都合」で。
 そしてそんな「都合」に隠されてしまう間違いも、正しさも、世界にはあって。
 セシリーは思考ではなく感情でそれを見つけてしまうのですね。
 そして彼女の信条は「救う」こと。
 全てを。
 だからこそ彼女は間違いを正そうし、正しさを守ろうとする。
 そんな真っ直ぐさに泣けてきてしまうのです。
 「都合」で動かされてしまう、情けない現実を前にして。


 もちろん彼女も信念を貫き通すためには自身が無力であることは百も承知。
 「救う」ためにはある種の力が必要であって。
 だからこそ彼女は強くなろうとしますし、そしてその努力は少しずつ実を結んできています。
 そうした結実した結果には爽快感があるのですけれど、でも彼女の魅力は強さに到達していく結果にあるのではなく、それを求め続ける姿勢にあるのではないかなーとわたしは思うのです。

 これを「過程」と表してしまうと、なんだか部分を切り取ってしまったカンジ。
 彼女が達するべき答えはもっともっと先にあって、それはもしかしたら辿り着けないトコロにあるのかもしれないけれど、だからといって彼女は歩むことを止めはしない。
 歩み続ける姿も、そして手にする答えも、どちらも大事。
 間違ったやりかたでたどり着く答えは、やっぱり間違っているのだと。
 正しい答えには、正しい道筋を歩んでこそ、はじめてその「正しさ」が証明されるのではないかなー、と。
 過程と結果の相関関係と申しましょうか。



 自分ひとりが良いことをしても、汚い世界は変わらない。
 そう、うそぶく人もいるでしょうけれど。
 自分ひとりのその行いの分だけでも、世界は変わるのではないかな。
 それでもその小さな善行をしないのは、そこに損得を見たりしているかななのではないかなー。

 セシリーは自分で「頭が悪い」と表していますけれども、それは損得を考えられない頭の悪さなんですよね。
 だからこそ本質に「感覚」でたどり着いてしまうっちう。

 物事の本質を見据えてそれを暴き、取り繕うこともせず受け入れるのは「勇気」だと思いますし、本質を隠そうとするあまたの事象を打ち払い、そこにたどり着こうとする意志を「覚悟」だと思います。
 そんな彼女にわたしも続いていけるようになりたい。
 そう、感じたのでした。


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