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 感想記すまでに時間かかってしまいましたけれど、『キラ☆キラ』 CLEAR!

 もうねもうね、さいっこうにクソッたれでファッキンなロックンロールでした!

 若さでしか動けない時間を生きるオトコノコとオンナノコたちが世間という現実にぶつかって思い悩む厳しさを描いているワケですよ。
 そこには優しい奇跡も都合の良い魔法もなくて。
 主人公の鹿之助たちは、望もうが望むまいがその現実を認めるしかないんですよ。
 そこに歴然として立ちはだかっているんですもん。
 たとえそれを見ないことにしたって、そんな現実の周りをウロウロとするだけ。
 だったら真っ直ぐに見据えて、正面からぶち当たってみたらいいんじゃないの? つーか、ぶちあたっていけよ。そして死ね! FUCK! ……みたいなお話?(笑)


 辛くて大きすぎる問題の前には、鹿之助たちは無力で小さな存在なんですけれども。
 でも「無力であること」と「力を出すこと」は全然相反しないことなんです。
 結果なんて考えないで。
 いま、今日この日を生きる自分を誇れるように。
 明日のことや、まして1年後10年後のことなんて知ったことではないのです。
 ノーフューチャー!

 楽しければいい……って言葉がありますし、そういうニュアンスを含んでいる部分もあるとは思うのですけれどもー、けっしてそれだけではないような気もするのです。
 楽しくても怠惰であってはいけないといいますかー。
 声がかれるまで叫び、足が棒になるまで高く高く遠く遠くへJump!
 はいつくばって泥水をすすろうとも、過去を引きずりながら生きようとも、いまこの一瞬に輝きを求めるっちう。

 うひゃー。
 シリアスでヘビーな文脈で貫かれていたのも、昨今の作品には珍しかったような。
 都合の良い真実とは袂を分かって、不都合でも誠実な(そして厳しい)現実を大切にしていたといいますか。
 オールハッピーではないですけれど、でもハートに刻みこむだけの想いが詰まっているっちう。
 ここで描かれていることから目を背けては、人間として負けてしまう気がして。
 どれだけツライことだとしても。


 全体の構成も好きでした。
 廃部が決まっている部のメンバーdバンドを作って、きたる学園祭で最後の花火をあげよう!という出だしからして、もう。
 そのあと、なりゆきで全国ツアーに行くことになってしまうというのも面白いっちうか。
 そこから人生が動き出していると第三者の目からは見えるのですけれど、それでも結局は「自ら動かなければドラマは始まらない」ということですし。
 そういう意志があるから、わたしもワクワクしちゃうんですね~。
 でもって恒例のヒロイン好感度~♪

                 千絵 >> きらり ≧ 紗理奈

 ほかのふたりに比べると物語のスケールでは千絵姉は若干引いてしまっているようにも思うのですけれどもー。
 それでも千絵姉の人柄や雰囲気の良さは、そんな物語の規模の差をおぎなってあまりあると思ったりして。
 年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せとはいいますがー。
 もちろんそんな「1年の経験差」だけが千絵姉の魅力ではないと思います。
 持って生まれた人格だと。

 鹿之助と付き合うようになって見えてくる「わがまま」な部分も可愛く思えてしまう罠(笑)。
 こういう心情の変化?機微?が好ましくかつさりげなく描かれているのですよね~。


 きらりはやぱしメインストーリーとして成立する重厚さが印象深くて。
 彼女の身に重大なことが起こってしまう「きらり エンド1」こそが今作で描きたかったことではないかと思うのです。
 それは彼女も、そして鹿之助にも、とても大変なことを強いるお話ではありましたけれど。
 だけれども、その重さから逃げることも目を背けることもせずに、果敢に立ち向かっていった印象が素敵すぎ。
 奇跡も魔法も無いけれど、苦難を乗り越えることはできるのだと。
 そんな鹿之助の姿がまぶしくてまぶしくて。

 いっぽうの「きらり エンド2」は、そこで満足いくことのない「ハッピーエンドをエンターテインメントの基本ライン」だと考えている向きへ贈られた用意されたモノだと思うのですがー。
 だからこそ、むしろシニカルな目線が入ってしまっているっちう。
 主人公は自助のみで苦難を乗り越えることができず、代わってヒロインが閉じこもっていた殻を脱却して高みに届き、そこから主人公の手を引いて導いていってくれるという。

 このエンドを迎えたとき、はじめは主人公ではなくきらりに変革が訪れたことに強い違和感をおぼえていたのですよ。
 物語の軸がシフトされてしまったといいますかー。
 でも、エンド1との関係を考えてみると、ああ、これはアンチテーゼなのだなぁ……と。

 だいたいですね、数年後に学園を訪れてみたときに後輩たちから「先輩たちは伝説になってます!」て言われて悪くなく思っている時点で終わってるっちうか。
 ロッカーが伝説になるのは死んでからだっつーの! つーの!(><)
 言い換えればこのときすでに鹿之助は死んでいると思うのですよ!
 三流大学の学生は就職のために人付き合いを大切にしないと……なんて、全然パンクスじゃないよ!

 ……まぁ、そこまでカンジさせることを含んでいるこのエンドはこのエンドで、「存在価値」として意味あるものだったなぁ、とは思いますけれどー(苦笑)。


 紗理奈っちうか、かっしーのお話も、正直悪くは無いと思うのです。
 明確な答えをつかんだというワケではないあのラストも、少なくとも鹿之助が少しずつ世界の有り様を感じ取りながら成長していっている姿を描いていると感じられるので。
 その過程は鹿之助に対して「甘い」処置なのかもしれませんけれど、そこは「優しさ」であると受け取るべきなのかなーと。
 鹿之助がかっしーのために全てを賭けているからこそ、手が届いた優しさという意味で。

 たとえば『TH2 AD』でのささらシナリオでの貴明は、あのラストで諦めを見せていたように感じるところがわたしには不満なのですよねー。
 それは現実を理解したとも言い換えることができるかもしれませんが。
 その点、鹿之助は諦めてないとハッキリわかるので、そこが……ね。
 もちろん貴明の例と比べるまでもなく、それはいまだあの段になっても現実を理解できていないと言えるのかもですけれど。
 でもツマラナイ現実を受け入れることでしか大人になれないのなら、子どもとレッテル貼られても甘受しようって気になりませんか?ということで。
 むしろ、そんな大人にはなりたくねー!ってことで。
 うわ、ロック!(笑)



 簡単に幸せな気持ちになれる作品ではなくて、むしろ重い気持ちを背負わされてしまう作品でした。
 んでも、だからどうなのと問いかけっぱなしでもなく、答えを探すために一緒に歩こう!と誘ってくれている。
 クソッたれな世の中を力強く生きていくための、パワーをね、もらえるような。
 負けるもんか!
 そんな気持ちにさせてくれる最高にファッキンな連中でした。
 大好き!(≧▽≦)
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