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 「タバコを吸う人はマナーが悪い」
 人混みの中でも我慢できずに吸い出す。
 吸ったタバコを往来にポイ捨てする。
 そういう人をマナーが悪いと言わずしてなんと言うのでしょうか。

 ――なるほどなるほど。
 「わたしは喫煙者だけれど、そんなことはしない」
 「そもそもわたしは喫煙者ではない」
 そう反論されたいかたもいるでしょうね。

 では、どうでしょうか。
 「人間は、同じ人間を殺す生き物である」
 これを否定、反論、できますか?

 「たったひとつの事実から全体を決めつけるな!」
 うん、うん。
 それは短慮ということかもしれません。
 でもね、ひとつの事実すらを受け入れることできないというのも短慮だと思うのです。

 こうした極論を突きつけられたとき、人の反応ってふた通りあると考えるのデスヨ。
 ひとつは――「自分は違う」として受け入れない人。
 もうひとつは――「自分も当事者になるかもしれない」として省みる人。

 「『喫煙者はマナーが悪い』と思われているのだから、自分も気をつけよう」
 「『人は殺人を犯す生き物』だということは事実だ。自分も心に戒めておこう」

 どれだけ言い繕うとも、たったひとつでも起こってしまっている事実は否定できない実存なのです。
 すでに社会を構成してしまっているその「事実」から目を背け、自分はその制約の枠からは外の存在なのだと抗弁することの、なんと愚かしいことか。

 たったひとつの事象から全体を決めつけることは愚かなこと。
 でも、たったひとつの事象から全体を決めつけるように見られてしまうことは当然ある。
 だからこそ、「たったひとつの事象」を生み出す自らの行動にしっかりと責任を持たないといけないと、わたしは思うのです。

 いつだって、誰だって、この世界を生きる当事者なのですから。


 マナーが悪い、殺人を犯す……悲しいことばかりを例に挙げてしまいましたが、だからといって気落ちしてうつむいて恥じながら生きる必要はありません。
 ならば、こうとも言えるのです。

 人間は、ほかの誰かを倖せにできる生き物である。

 いま、誰かを倖せにしてあげていますか?
 誰かに倖せにしてもらっていますか?
 誰も倖せにしていなくても、誰からも倖せにしてもらってなくても、まだまだアナタにはそれを実行し実感できる可能性は必ずあるのです。
 それがこの世界の理なのです。
 それに――もしかしたら、アナタがいるだけで倖せに感じている人がいるかもしれません。
 アナタが気づいていないだけで!(≧▽≦)



 あけましておめでとうございます。
 今年もサイトを見に来てくれる人がいるということを、わたしは倖せに感じます。
 その倖せを、ほかの誰かに伝えられるよう、今年もがんばります。


 偽りに満ちた年は過ぎ、新しい陽がまた昇りました。
 今年はどんな一年になるでしょうか。
 2008年もよしなに願います。 
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