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 未来を見通す力を持つ小学生にして「教主さま」彩乃ちゃんが引き起こす、優しい奇蹟の物語。
 迷っているとき、自信が無いとき。
 そしてやっぱり「未来」に不安だったりするとき。
 そんな人たちの背中をそっと押してくれるような彩乃ちゃんの言葉。
 彼女にはその「未来」の姿はかなり明瞭に見えているハズなのに、けっしてその「未来」に合わせようとするのではなく、ほんの少しだけ往く道筋を照らしてあげるだけ。

 ……ああ、見えているというのとは違うのかも。
 そしてそれは奇蹟などではないのかも。

 彩乃ちゃんが想う、願う、ほんの少しだけ良くなっているハズの「未来」の姿。
 その姿に近づけたい、「未来」をいまより倖せにしたい。
 そんな気持ちが言葉となって発せられ、そしてその言葉に導かれて彼ら彼女らは動き出して、倖せな「未来」をつかめたのかも。

 倖せな明日をつくるのは、倖せになりたいと願う人の心なのかな~。
 自分だけで終わる倖せではなくて、もしかしたら遠い空の下で悲しんでいる人の明日を倖せにすることもできるのかも。
 倖せを願うバタフライ理論(笑)。



 それでもこの作品にどこか橋本センセらしい「影」があると感じるのは、そんな彩乃ちゃんの倖せが描かれないことでしょうか。
 他人の倖せを願う彩乃ちゃん。
 そんな彼女の倖せは、誰が願ってくれているのでしょうか。

 あるいはそんな少数の犠牲のうえに多数の倖せが成り立つ世の中だと訴えているのかも。
 その数が少数であればあるほど倖せの還元率?は高まるわけですし、もし彩乃ちゃんひとりで世界のすべての倖せを支えられるのなら、それは――……。

 でも、たぶんきっと、そんな彼女の倖せを願う「誰か」の存在はあるハズ。
 その見えない「誰か」の存在を信じられるから、橋本センセの作品を好きなのです。


 もしくは、たったひとりの存在がすべての倖せを担うなんて、この世界の大きさを甘く見るんじゃぁないよ?ってことになるのかも。
 世界は大きくて広い。
 そして倖せは絶対にある。
 だとすれば、その倖せを支えていけるのは、たったひとりの小さな存在ではないハズ。
 必ず誰かが誰かの倖せを願っている。
 そんな連鎖が、本当に本当に、この世界を倖せにしていけるのだと。


 小さなアイテムが次のお話につながっていく今作。
 いっとお好きなのは第二話「石階段」かな~。
 努力が認められる様を目にするのは、いつだって気持ちの良いものなのです(^-^)。

 あと第二話では印象に残った台詞があってー。

「食べられるところまで食べればいいよ。残りは俺が食べてやるから」

 このお話の視点である辻村くんの台詞なのですがー。
 我田引水かもですけれど、先述の倖せを願う連鎖のように、誰かが誰かを支えてあげられるようにこの世界は成っているのではないかと信じることができるのですよ。
 この言葉から。
 そんな気持ちになっちゃって、この台詞見たときには嬉しくて嬉しくて~(T▽T)。
 辻村くん、いいやつ!



 最近はオトナな作品が目立ってきていた橋本センセですけれども(活躍の場を考えれば仕方のないことかもですが)、今作のようにもう少し目線を下げた世界の描き方もいいな~……とあらためて。
 やぱし好きですわ~(^-^)。
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こんにちは。同じ本の感想記事を
トラックバックさせていただきました。
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お気軽にどうぞ。
【2010/06/17 Thu】 URL // 藍色 #- [ 編集 ]

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素朴で真面目で礼儀正しくて。一見ふつうの五年生だけど見えている。 周りの人のちょっとした未来。うまくいかない相手と仲良くする方法。 ...
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