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 東京南西に位置するベッドタウン、まほろ市。
 東京であって東京でなし、かといってもちろん神奈川でもなく。
 地政学的に不思議なアイデンティティを持たざるを得なかった一都市に住む人たちと、彼らのあいだを巡りながら諸問題を請け負い解決していく何でも屋。
 そんな便利屋業を営む多田と、宿無し文無しで転がり込んできた高校の同級生の行天。
 なにかを失い傷つきながら生きていく人たちが、出会いのなかで喪失した心を再生していく物語。


 ひと言で言い表そうとすればもちろん「喪失と再生」なのだけれど、そこへ至るまでの背景設定が巧妙というか精緻というか。
 物語上で表される人物像を含めた舞台装置の配置が見事。

 無駄がない……というより、この世界に存在するモノ全てに「まほろ市」に在る意味が有せられているカンジ。
 ここにいて良い、というような無言の肯定。


 だけれど生きている当人たちからすればそんな世界の意志めいたことなんて知るよしもなく。
 傷つき、諦め、逃げながら生きているのですよね。
 でも!
 世界は優しい!
 生きること、そこに居ることに対して、決して敵ではないのですよ!
 もしそれで傷ついたり、諦めたり、逃げ出さなければいけないようなことがあっても、それでも許されているのです。


「生きていればやり直せるって言いたいの?」
 由良は馬鹿にしたような笑みを浮かべてみせた。
「いや。やり直せることなんかほとんどない」
(中略)
「だけど、まだだれかを愛するチャンスはある。与えられなかったものを、今度はちゃんと望んだ形で、おまえは新しくだれかに与えることができるんだ。そのチャンスは残されている」



 この世は繰り返されるものではなく、同じように見えてもそこには変化があるという。
 倖せも、苦しみも、なにひとつ同じモノはなくて。
 だからこそ、世界は可能性に包まれているのだと思うのです。

 神ならぬ身では、その可能性がどう運ぶのかわかりません。
 可能性があるから嬉しいのか、悲しいのか。
 でも、そんな気持ちが「生きている」ってことなのかもしれません。

 三浦センセの作品は、そういう「生きる」ことを描いているなぁ……と感じるのです。
 
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