
今年の夏休みは9月2日まであっていいですね、小学生。 まだ宿題で焦ってないんだろーなー(笑)。
『Dies irae』が10末に延期されたワケですけれど、今作の延期パターンってlightらしくないような。 lightっていくつもライン動かしているせいか、発売スケジュールの管理に関してもきっちりしている印象があったので。 出すと言ったら必ず出す、みたいなー。 代わりに見通しが立たないときは、露出すら控え目にして情報制限を図るっちうか。
『スカイガールズ』#9 あー……。 1話完結タイプのお話の作りが、今回は悪い方向に向いてしまったような。 状況描写とか感情の掘り下げとかを敢えて?省くことで勢いが生まれていたと思うのですけれどー。 途中で時間経過を挟んでしまっては、単に説明不足って欠点だけが浮き彫りになるような。 つまるところ「説明不足+時間経過」という式は「御都合主義」という不満を生み出すっちうか。
前回が「戦うことの是非」に悩む音羽のお話だとすると、今回のお話は「戦うことの恐怖」に苦しむ可憐のお話なのですよね。 で、恐怖に怯えた彼女が周囲の支えもあって立ち直るまでを描くという、物語骨子自体はこれまで通りに直球ベタベタで好感なのですけれどもー。 そうして立ち直るまでの時間を用意する過程に説明が足りてないために御都合主義にわたしには映るのですよ。
可憐の気持ちが定まっていないままに出撃して負傷するのはわかるのですけれど、それで何故にワームまでも一時姿を消すのか謎。 コンビナートを稼働したことがワームをおびき寄せて、その操業を停止したから……というのはいちおうの理由でしたけれど、それって無理が無いかナーと。 京浜地区にあるコンビナートが標的で、すでにワームは東京湾の浦賀水道まで侵入しているっていうのに、その時点で操業停止したから云々は時間が足りなさすぎでしょ!みたいな。 工場の操業って、そんなデジタルにON/OFFできないと思うのですよー。
で、そうしてワームに一時退場してもらって、その間に可憐の葛藤があって、いざ立ち直ったころを見計らってワーム再登場っていうのは、ちょいとあざとすぎやしませんかね、という。 御都合主義というのは、物語のペースをキャラクターの感情や立ち位置に合わせて加減することなのではないかな?と思った次第。 そう見られたくないのであれば、キャラクターのそれに因ることなく物語は進んでいくのだと示す──例えばハッキリとした時間制限を設けるなどするべきではなかったかなー。
同種のお話として良い例が『エヴァンゲリオン』第9話の「瞬間、心、重ねて」。 シンジとアスカがユニゾンするお話。 あのお話では初戦での敗退後、現有戦力で足止めをして、再進撃までの時間を稼いだという説明がなされて。 物語のペースはあくまで現実的に進んでいて、そのあいだにシンジたちの葛藤が描かれているのですよね。 そうした時間制限があるからこそ葛藤は重きをなすのであり、また、クライマックスまでの緊迫感が保たれるのではないかなー。
先述のように物語骨子は相変わらずも好みであるので、あとはそのバランスっちうかさじ加減なのかなー。 今回は残念でありましたけれど、まだまだ期待ってことで。
|