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 んーと。
 5年くらいラノベを読んでいる人にとっては既読感を覚えるのではないかと思うのですが、そんな昔の(5年は昔だ!)作品を例えに持ち出されても困ると思います。
 なので、現代でのスタンダートとしては今作になるのではないかとー。

 ちうか。
 タイムリミットが迫っている少女が恋に恋い焦がれ、別れを知っても無駄とは思わず彼女のために必死になるオトコノコ。
 ……という物語タイプは、ある周期で業界に巡っているんじゃないかって気がします。
 読み手が忘れそうになってくると浮かんでくるような。


 まぁ、なんといっても「オンナノコのために動き出すオトコノコ」と「オトコノコを無条件で信じ切れるオンナノコ」はラノベと切っても切り離せないトコロですし。
 そこへ「無自覚の恋心」やら「逃れられない別れ」などを盛り込めば、ああ、物語になっていきますかー。

 もちろん設定だけを用意しても作品にはなりませんから、それを描ききったしななセンセの力量は確かなものだと思います。
 むしろ設定では使い古された感すらあるのですから、それを飽きさせずに読み切らせる筆致の魅力については言うまでもないトコロだと。


 魔法少女がいかにして魔法少女たりえるのか、とか、彼女たちはどのような扱われかたをしてきたのか、とか、そういう細やかな部分の設定を披露するようなことがなかったのは好感。
 もしかしたら設定をきちんと用意されてあったのかもしれませんけれど、そこは今作での本質ではないですしー。

 設定って、ある側面からすると「言い訳」になると思うのです。
 しかしその「言い訳」をせずに「魔法少女」がいると言い切って物語を描く大胆さを、わたしは評価したいと思います。
 そして必要なのは「別れを運命付けられた女の子」であって「人知を越えた存在」ではないと選択する割り切り方も。



 もちろん、全部を好ましいと思ったわけではないのですよねー。
 特にラストの決着のさせかたは、「逃げた!」とすら思いました。
 でもその手法についても絶対に否かと言われればそうでもなく、現代風なラストであると同時に、優しい余韻を残す結び方でもあると感じられたのですよ。
 だから、これは、これで(^_^;)。


 現代風って言えば、主人公のオトコノコの気風?も今様かなー、とか思ったー。
 万事そつなくこなして波風立てず、感情の起伏が穏やかでおおよそのことを受け入れるも、しかしその実、他人への関心が薄い……。
 巻き込まれ型というか受動的な物語展開では昨今目立つようになったと感じています。

 このタイプ、周囲が騒げば自然と物語が走っていくのですよね。
 「自分は変わらずに、ドラマのほうから姿を見せて欲しい」って待つタイプの人間が増えてきた現代の特徴の一端をカバーしている……と言ったら大げさかなぁ(笑)。

 でも、ま、そういう主人公だから、覚悟を決めて走り出したときの重みは増しますし、そんなオトコノコに支えられるオンナノコは倖せになれるものだとも。



 悲しくなる一歩手前。
 世界にある優しさを信じられなくなったとき、読んでみるといい作品でした。
 絶望に染まっているからといって倖せが存在しない証明にはならないし、世界から優しさを無くしてはいけないのです。
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