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ひさしぶりに。

先日終了した「ソードアート・オンライン」マザーズロザリオ編。

終盤、容態の急変したユウキのことをアスナへ報せる手段がメールだったのですが、それを「電話しろよ」と批判の声があったので考えてしまったので、それについて。

緊急時にメールでは無くて電話というのは間違いではないのですけれど、あそこでアニメとしてそれは望まれることなのかと。
電話で急変が伝えられたら、それをアスナが受ける状況が用意されなければいけません。
就寝時はもちろん、学校の授業中などではアスナが受けることができません。
そうなったときは留守電に入れることになるでしょうけれど、だったらメールと同じだよなあ…と。

アスナが電話を受け取れる状況にあったとして、それが何の意味──表現上の利点になるのか。
自分には利点が無いなあ…と感じるのです。
担当医が電話をかける→アスナが受ける→急変を伝える→アスナの描写→…
正直、長すぎ。
それをメールで表現したあの場面では、視聴者は状況を一目で理解できたのです。

現場としてもそんな「メールで代用できる」場面に対して声優さんを拘束するようなことは無駄ではないでしょうか。

簡単にですが、以上のような考えのもとに、あの場面、メールでの伝達は十分に理解できるものだと。
そんな描写は無かったかもですが、担当医のことですから電話も入れてみたんじゃないんですかね。
でもつながらなかったからメールにした。
あるいは担当医と彼女は連絡を取り合う間柄にはなっていたけれど、時間を問わずに電話連絡をするようにまでは関係が深まってなかった。
そんなことも考えます。

理屈と膏薬はどこでもつくかもしれませんが、何故そうあったのか考えてみることも大切だと思った批判でした。
自分には良いきっかけでした。
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