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 定番、王道……なんとでも言え!ってカンジ。

 退屈で低俗だった日常が、ひとりの異邦人の登場で崩されて。
 周囲に溶け込めず、しかし誇り高く生きていた女の子を前にして男の子が見せた勇気。
 互いの傷を見て見ぬふりをしながら送っていた生温い毎日とは決別して、自分自身のため、彼女のため、正しいと思ったことを迷い無く生きていこうと始めた男の子の行動が、少しだけ世界を美しい方向へ導く物語。


 ひゃー、もうねもうね!
 10代の少年少女たちの簡単でありながら複雑な心境が痛切に描かれているっちうか!
 学校って、もうそこは独立した「社会」なんですよねー。
 だからみながその維持に腐心しているという。

 で、そこへ現れた異邦人たる女の子。
 女の子の美しさと個を押し通す潔癖さが安定していた社会に不和を生み出して、あげく彼女は社会から認められない存在となって。
 そこへ現れるオトコノコ!
 彼女の恋心がきかけだったとしても、なにが正しいのか間違っているのか、最後はそこでの判断が彼を動かすのですよねー。
 カッコイイ!

 正しいことをして非難されるようであれば、それは社会のほうが間違っている。
 もちろんそれだけで全てが許されるものではないでしょうけれど、正しさを信じて行動することは美しくあると思うのです。


 そんな男の子の行為が、かたくなすぎた女の子の心を少しだけ開かせてくれましたし、やがてその行為は波紋のように彼の周りへと広がって。

 卒業までの短い「社会」。
 その全てを変革することはできなかったですし、むしろ男の子はそんな高尚な望みを抱いていたワケではないでしょう。
 男の子が望んだのは、女の子と一緒に歩んでいけること。
 ただそれだけなんですよねー。
 うーわー(≧▽≦)。

 でも、彼の行為は彼と彼女を巡るひと握りの関係者には伝わって、それがきっかけとなって変わることが出来たワケで。
 世界は少しだけ美しく正しく変わることが出来た。
 それは男の子の小さな勇気から始まったことなんです。



 ラストの着地点は収まり良すぎたきらいはあるかも。
 んでも、男の子の勇気から始まった物語は、その勇気に見合うだけのあるべきところへ収まったと思うのです。
 変に斜めに見たような送り手側からの主張も無く、ただ、こうなったら素敵だよねって関口センセの優しさが描かれているようで。

 ハッピーエンド至上主義ではないです。
 そもそも彼らの世界にはまだまだ苦しみや悩みが溢れているのですから。
 それでも彼らは1年前より少しだけ倖せな世界を手に入れた。
 それが嬉しいのです。

 彼らの、そして勇気を出した全ての人に幸いあれ!
 そんな願いを抱いてしまう素敵な作品でした。
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 遅延日記~(笑)。

 昨日は米軍横須賀基地で催された「日米親善よこすかスプリングフェスタ」へ行ってきたのですがー。
 冬が戻ったかのような寒さ!
 想像以上の人の入り!
 アバウトすぎる出店の応対!
 ……の三重苦で早々に退散する憂き目に。

 天候はまぁ仕方がないですよ?
 でも、どれだけの入場者が見込まれて、それをさばく出店配置とか、もっと考えられたように感じたのです。
 まぁ、もともと三笠公園という立地を活かす形でしか開催できないという制限があったので、こちらもまた仕方のないことだったのかもですけれど……。


 いや、でもしかし。
 13時頃着いたら、7割方の飲食系出店が売り切れというのはどうにもやるせない……。
 たしかに早い時間というよりも遅い時間とも言うべき時刻ですけれど、もう少し売り切れのタイミングを後ろに持っていけなかったものかと。
 まぁ、それだけ盛況だったってことでもありますし、これはこれで!(≧△≦)

 実際、売り切れ店続出で諦めて退場しようとしたわたしも、帰途においてまだ販売中の出店に遭遇できまして見事食事にありつけましたし!
 ステーキ美味!
 チーズソースがべったりのチリドックうまーっ!
 スペアリブさいこー!(≧▽≦ノシ

 昨年の横田基地の反省からソースは付けずに焼いた状態ままの塩胡椒のみで食しましたけど、これがまたホントに美味しくて!
 なんでしょうね、あの肉の美味しさは!


 しかし、ここでも天候は容赦なく襲いかかってきて。
 温かかったはずのステーキが、端から冷たくなっていくんです!!!
 ぎゃーす!(><)


 来年は天候と相談して参加を決めようと誓ったイベントとなりましたとさー(T▽T)。



 で、帰りは秋葉原に寄って予約したソフトを引き取ってきたのですけれどもー。
 わたしにしては久しぶりの3本買い。
 とはいえ『WHITE ALBUM2』と『素晴らしき日々』はハーフプライスなので3本とはいえ実質2本分の値段で済んだのは幸いでした、がー。
 帰宅して袋の中を確認してみると、予約していた『恋色空模様』が無くて代わりに『夏に奏でる僕らの詩』が入っているという!!!
 なんぞ!!!


 今日になってショップへ連絡したところ交換対応してくれるっていうので2日連続で秋葉原詣でですよ。
 これもまた久しぶりな経験でしたー(笑)。
 めんどくさいから『夏に奏でる~』でも良かったかもなのですが、しかしいまはPurpleの作品をプレイする気力が無くて……。
 なーんか、ですね、いまの自分が求めているところとPurpleのそれって違う方向へ進んでいっているような気がしてならないのデスヨ。
 プレイしていないのでそれも見当違いなのかもですがー。

 もっとも、その結果すたじお緑茶を選んでいるというものどうなのよ?って気はします(笑)。
 正直に言えばソフトに関心があったのではなくて、初回版同梱のCDに絶大なる興味があっただけなのでー。
 主題歌がDucaさんで劇中歌がnaoさんでEDが霜月はるかさん、さらにはRemixされた主題歌にUR@Nさんだっていうんですからもーっ!



 そのあとはゆっくりと秋葉原を見て回ろうと思ったのですけれど、しかし昨日巡ってもいたので見るところもなく。
 ソフマップでサイバーショットHX5Vの感触確かめたかったのですけれど試機がなくて。
 それどころかモックすら無かったのですけれど……。
 FINEPIX Z700EXRの評判が少しよろしくないので、比較されていたサイバーショットを検討してみたかったのですけどねー。

 あ、昨日の横須賀基地で食べ足りなかったので、トゥッカーノ・グリルでランプ肉食べてきました。
 うまうま!
 熱した鉄板に肉を乗せられて渡されるので加熱の具合は自分で調整する(調理する?)するのですが、気を抜くと熱しすぎてウェルダンになるので注意が。
 今日は熱が通ったなーって思ったところで付け合わせの野菜の上へと避難させたので、無事にミディアムまで止めることができました(笑)。
 フェイジョアーダもライスに合いましたし、満足満足。
 次はお腹ペコペコにしてガレットもいきたいわー。合わせて買いたい(笑)。
 拍手でのコメは表に出ないんですよね、そういえば。
 うーん……。
 22日の水戸コミケ&それのTLについての日記に対してコメントを頂いたのですが、どうしたものか悩んだり。


 そんな書き出しで始める拍手れす~。


>TLを本当にちゃんと読んでそう感じられたのならば最初からあなたの悪意によるフィルターがかかっているとしか思えない記事ですね。結論ありき見え見えです

 ぶっちゃけて言うと、ゴメン、ちょっとコメント内容を受け取れなかったデス。
 あのときのTLをわたしが眺めて、先の日記に書いたようにわたしが感じたのであれば、そこにわたしというフィルターが介在していて当然だと思うのですよね。
 それを批判されても、わたしが感じたこと以上にわたしにおける正しさって無いのではないかと。


 で、「結論ありき見え見え」って指摘された部分は、まあその通りだと思います。
 わたしは日記を書くとき、ある程度まで結論を用意して書いています。
 その意見に対して、どこに落としどころを計っていくのか……という意味で。
 でないと散漫な文章になりやすいでしょう?

 あー、ちと違うか。
 意見というのは答えがあるべきだと思うのです、かな。


 だものでご指摘に対しては「見え見え」って部分だけ受け取ります。
 それはあまり面白い文章ではないなー、と感じるところなので。
 見え見えでない結論ありの意見を文章化していきたいです。


 そしてなにか勘違いされているようで申し訳ないのですが、わたしは悪意のない善人のつもりなんて毛頭ありません。
 もちろん悪意をことさらに周囲へまき散らすようなことは意識的には行いませんが、結果としてそのような形になってしまうことはあるでしょうし(それはあなたも含めた他人様の受け取りかたですし)、また自分の意見を曲げてでも「聞こえの良い意見」を 並べていこうなんてさらさら思っていません。


 うん、先日の日記にはたしかに悪意を感じられても仕方のない文章だと思います。
 でもそれって、わたしが感じた「イヤだなぁ」から発したものなんです。
 あのイベントを楽しまれた人にとって、楽しんでいない批判的なわたしの意見は悪意認定間違いないでしょう。
 そうした人たちの幸福感へケチをつけるような形になったことは残念ですけれど、そこで偽りを述べてもどうにもなりませんし。


 ネガティブな意見を言う必要などどこにもない!という意見は、まあ、あるかも。
 でも、無いかも。
 ひとつ言えることは、ネガティブな意見を言うな、ちうのは危ないですよねってことで。
 多分きっと、そうは言ってないのでしょうけれど。


 あなたが気に入らない文章がここにあったことは不幸な出会いでした。
 でも、WEBって、そういう予想もしない出会いが待っているものですよ。


 と、いうことで先のわたしの日記は
「TLを本当にちゃんと読んであのように感じられて、その結果に生じたわたしの悪意によるフィルターが少なからずかかっている記事です。そこから導かれた結論を述べるために書かれたものです。しかし見え見えで拙い文章だったのは反省しないと」
 となりますか。



 あとはまぁ、TwitterのTLって個々人によって差が生じているものですし、なにがどう違ってくるのかはわからないので、そこを判断基準に含めると危ういのではないかなぁ……とか思ったりします。

 そしてコメントは比較的短い文章になりがちなので仕方の無いところなのかもしれませんがー。
 「あなたの意見は○○ですね」って投げっぱなし打ちっ放しなスタイルになってしまうのもいかがなものかとかとか。
 なんか、こう、世界を望む方向へ変えていこうっていうパワーに欠ける、ような。
 あれは悪いものだから切り捨てる……というスタイルに思えます。

 もっとも、そこまで相手に付き合う義理もないのですが。


 良い意見ばかりではなく、悪い意見もある。
 それは、あなたにとってもそうですし、わたしにとってもそうなんです。


 もひとつ最後に思ったのは、こうした意見は「拍手」ではなく記事のコメントで出したほうが良いと思います。
 コメント欄でも管理者のみに閲覧できる機能があったと思います。
 「拍手」は、その言葉が持つ意味からして肯定的に受け止める方向であると考えますので。

 もし、もしもですよ?
 コメント欄で公開されるのを嫌って拍手でコメントしたというのであれば、その意見から価値が減じられるとわたしは考えます。
 正しい意見だと思うなら、正しいやりかた、間違いの少ないやりかたで伝えるほうが良いですよ、ってことで。



 ――って、これもアレな文章かなーっ!(><)
 休みのあいだに図書館へ!
 よし、借りてこれました!
 これで新たに予約ができるるるるる~♪

 しかしそのせいか、購入したラノベが積んでいかれてしまっているのです。
 読書する習慣を取り戻さなければ!(><)




 あー、水戸コミケだったんですよねー。
 TwitterのTLを見ていると楽しそうだなーとは思いつつも、多くの「買えた!」とか「列形成が……」とかのつぶやきを見るに、うーん、と考えてしまいます。
 場所を変えただけでの即売会かーって。

 さらに考えてしまうのは、少しだけ場所を変えたせいで参加する人が限られ(そこへ行く意志を試され)、今回でしか手に入らない発行物とかがそれなりに多く、その結果、今回のイベントでの発行物は価値をプレミアを自然と生じてしまうのだよなぁ……ってことでした。


 欲しければ行動しろ!とは、わたしが常に言う心構えなので今更それを言うか……という部分はあります。
 んでも。
 それは即売会というスタンスが前提にあってこそで、今回の水戸コミケって、もっとこう、即売会というより記念イベントという主旨を持っていたのではないかなあ……という想いがあって、買うことばかりが話題になっていたTLに違和感を持ってしまったのです。

 買う行為は否定しませんが、もっと、こう、メモリアル的ななにかが生まれていてほしいなぁ……とか思ったのです。


 あ、念のため言いますと、そういう「水戸コミケ」らしいイベントについての言及もありましたよ!
 なんですか、地元のお肉屋さんの焼きモモ肉とか、地元ヒーローの対決とか……etc。


 ん、まぁ、あれかな。
 行ってもいない人間がどうこういうのはフェアでは無いですか、やぱし。
 ちょっと同人誌をとりまく環境について、「昔とは違う」ことを認識しないといけない事柄が頻発してきているので過敏になってるのかも。

 んでも、反省……はしますけれど、止めはしないよ!
 考えることが人間だから!(`・ω・´)




 健気で可愛かった!(≧△≦)

 ある日、少年たちの手に届いた赤い風船には、山間に住まう少女からの手紙が付けられていました。
 返事を求める少女に興味を抱いた少年たちは、返事を出すだけではなく彼女に直接会いに行こうと計画を立てますが、そこへ立ちはだかる不可解な事件とオトナの事情。
 世界がどれだけ理不尽な都合で埋められていようとも、それが絶対的に諦める理由にはならないと信じている子どもたちの純粋さ。
 願いを叶えるため、オトナの世界、常識の社会へ挑んでいく、少年たちのひと夏のイニシエーションの物語。


 やー、もう、これは目が覚めました!
 願えば叶うと信じているほど愚かではなく、世界は自分たちを苦しめる幾多の障害の上に成り立っているという悲しさを理解しつつも、それでも貫きたい意志があれば貫くことをためらわない。
 そんな純粋さが行動を点火するのですよねーっ!

 諦めるほうが、あるいは世界の流れに身を任せる方が簡単なのです。
 加えて言うなら、少年たちは「幼い」ことを理由に、「無力さ」を理由に行動することを拒んでも誰も責めたりはできないと思うのです。
 それもひとつの答えであり、当然至極な選択であると。

 でも、彼らは諦めなかった。
 自分たちが持つ「力」を武器に、仲間を助け、閉じ込められた少女に会いに行くことを。
 うっひゃーっ!(≧▽≦)
 なによ、この胸の空く痛快さは!



 たしかになるほど、危機にあって作用する少年たちの「力」は作り手側の都合を反映したモノかも知れませんけれど。
 んでも、こと物語において殊更に便利に使われているわけではなく、むしろその力の範囲と限界を事前に提示して、ここぞというところでその利用範囲を最大限に描写したことに賛辞を送りたいです。
 設定とは、かくあるべきではないかと。



 そして社会の中で子どもの限界を常につぶやいておきながら、いざ物語上最大の難関にぶちあたったときは大人にも限界があるのだと提示する手法がまた……。
 限界を作るのは、子どもだとか大人だとか、そういうコトではないのですね。
 限界を作るのはヒトであり、それを越えるのもまたヒトであるという。
 「願いを叶える強い想い」というものがあるのなら、その限界を超えるときに行動を燃やす燃料になるからそう言われるのでしょう。



 ラストの幕引きも秀逸。
 子どもたちの行く末についてハッキリとした形を記すのではなく、輝かしい可能性を見せて、そして少年たちの変わらぬ友情を描いて終わるという。
 うはー、もうねもうね(T▽T)。


 わたしとしてはこの4人でカップル二組ができればなー……とか思ってしまいますが(穢れた大人脳)。
 ま、そういう未来があってもいいですし、無くてもいいです。
 少年たちの友情は、この夏、たしかにそこにあったのですから!
 趣味の範囲から生活費を稼ごうとする人まで、ネットオークションへ参加した人たちが出品者と落札者という関係を超えてリアルでも不思議な縁で出会うことになった物語。


 喜劇……になるのかな?
 不幸になる人がいて、関わった多くの人はその不幸者があらためて起こすトラブルに巻き込まれた感があるのですけれど、全般には振れ幅大きいイベントを楽しむものだと思いますしー。


 ただ、表題に掲げるほど「オークション」が物語に関わっていたとは感じられなかったかなー。
 人々を結びつけるきっかけ程度の重さであって、そこがなにかに置き換わっても問題ないくらい。
 もっとも、オークションに焦点を絞って物語るようなことであったりすると、技術論だったり裏技だったりと専門色を強めてしまうことが考えられますので、まぁ、これはこれで作品のなかではよろしい塩梅だったのかもしれません。



 そして関わり合った人たちがクライマックスでは一所に集まって最大の喜劇場面を迎えるのですがー。
 これがまた強引なカンジで、喜劇としてもコメディとしても感心しなかったなー。
 なぜそこに集うのか、ちょっと勢いだけで進んでしまっているカンジ。

 もちろんそこに疾走感があればエンタメとして愉しむことも出来るのかもだけれど、そもそもキャラクターの関係性が希薄であり、かつ個々にドラマを持たせてしまっているせいで視点がチャカチャカと切り替わって忙しないこと!
 疾走感ではなく、まとまりがないという方向に感じました。



 全体としては、フィクションすぎる……という感想になるのでしょうか。
 リアリティって別に真実を描くことではないと思うのですよね。
 それがウソだと頭の中では理解していても、心でそれをリアルだと感じるように描くことがリアリティではないかなー。




 山間に走る線路を守る保線士と、父の手駒とされる自分に不満をもったお嬢様が出会い、互いに影響を受けながらいまの自分の生き方を見直すお話。

 んんん……ん???
 もったいないなーって読後すぐには思ったのですけれど、こういう描き方こそがメディアワークス文庫の方向性なのかなーって、いまは思えたりもします。
 確実な答えのない描き方っちうか。
 ……もっとも、そう皮肉めいて捉えるのは、わたしの斜めな一般文芸作品観によるものでありましょうが(^_^;)。


 商家に育てられたお嬢様が政略結婚に納得いかない気持ちを抱えたまま四十男の保線士と出会ってほのかな恋心を宿していって──って、あらま古典的ねーってカンジ。
 抱えていた事情も事情ですし、さらに窮地にあっての出会いというのもありますし、どうにもこの恋「つりばし効果」が高いような気がしてなりませんでしたが。
 なにしろ熱を上げるのはお嬢様のほうばかりで、保線士のほうは彼女に対してそういった目で見たようなトコロが少ないように思えたのですよー。

 男やもめ、お嬢様をそういう目で全く見なかったとまでは言いませんが、保線士の側からすると彼女を彼女個人として見ていたのか疑問。
 彼女を通して遥か昔(ってほど経っていませんけど)に死別した亡き妻への想いを確かめていたような……。


 それでも少女の側は保線士の姿を通して社会に生きるということを学び取り、保線士の側は少女の輝く気性に現実と向き合う心構えを得ていましたし、なにか結ばれるようなカタチではなくてもこの出会いには意味があったのだなーって思わせる物語でした。

 脇を固める人たちやふたりの行く末など、どうにも「今後」を意識させる演出が散見されましたが、これって投稿作ならではの未熟な野心なのかなー。
 今作の中で描けるはずのない部分までに言及しているので、そういった部分には冗長だと感じずにはいられなかったのですよー。
 そうした部分で世界を広げるより、もっと主人公格のふたりを掘り下げていったほうが良かったんじゃないかなーって思いますけど……。



 やぱし、わたしの感性では「もったいない」作品だったかな、と。
 でも別の視点から捉えれば、メディアワークス文庫の方向性に真面目だった作品なのではないかなーと感じます。
 なるほど、たしかに「ずっと面白い小説を読み続けたい大人たちへ」というキャッチに沿いつつ、ラノベを軽く卒業した世代へ向ける展開でした。


 余談ですけれど、この表紙はすごく気に入りました。
 山間を舞台にした作中との関係性は薄いですけれど、「作品」との関係性は高く表現されていると思うのです。
 一本の線路の存在感っちうかー。

 その表現具合を書店ではオビで隠されてしまうのですよねー。
 うーん……。
 どうにかならなかったものか……。
 昨日軽い気持ちでPOSTしたのですけれど、ipad、同人即売会で活用できそうなカンジ?
 本の内容と価格表とスペースナンバーを、こう、切り替えて表示していったりとか。




 さてさて。
 今日は「ふるさとの食 にっぽんの食 全国フェスティバル」へ行ってきたんよ。
 んもー、これが素敵なイベントで!
 全国各地の名産が一堂に会してウマウマの連続でしたよ!
 はぅー。
 どれも美味しかった~♪


 会場へ到着したころすでに広島の牡蛎が売り切れとかいう話を耳にしたのでガッカリしていたのですがー。
 石川は能登の牡蛎はまだ販売中ということを耳にして慌ててゲット!
 ここは最後まで販売されていたようですねー。

 1年物ということで小振りな牡蛎ですが、それが4個ともなれば十分でしょう。
 そしてわたしの場合、なぜか5個あったりして。
 いちおう販売されているオバチャンに尋ねたのですけれど、「いいよいいよ」って言われちゃったのでじゃあってカンジで(笑)。
 ありがとうー!!!
 このご恩はそのうち石川に旅行することで返します(≧△≦)。


 麺類はラーメンが安定した美味しさでしたが、しかしチャンピオンは伊勢うどん!
 モチモチしたうどんにダシのきいた濃厚つゆが絡むと、もう、なんとも言えぬ美味しさが!
 むぅ……。
 あのつゆ、販売しているようだったら買ってくれば良かったかしら……。
 それくらい美味しかったー。

 もちろんラーメンも美味しかったですよー。
 尾道ラーメンがいちばん好みだったかな?
 まっすぐな細麺好きー。


 ほかにも富山のおでんとかカワハギのテンプラとか福島の目光の唐揚げとか広島の牛焼きとか、美味しい物がたくさんで食べ過ぎたー。
 げぷぅ。

 ナショナルイベントですとその国の名品中心で、それを各店舗が競って出しているという形になりがちでメニューの傾向が固まりやすいんですよね。
 たとえば仮に「日本」というナショナルイベントが催されたら、各店舗がこぞって「寿司」「テンプラ」「刺身」しか出さないような状況っちうか。
 それが今回、全国津々浦々の特産物をアピールしに来られていることで味覚にも多様性が表れていたのですね。
 海の物から山の物まで。
 東京都なんてウドを展示販売してましたよー(^_^;)。


 参加したひとりから言わせてもらうと、都内のアンテナショップからの出張店舗といった趣きで商品を展示販売するばかりでなく、その展示品を簡単に味わえるようなサービスを提供したほうがお客さんの足を止める効果があるんじゃないかなーって思います。
 で、美味しかったら商品もいかがですかー、みたいな販売方法。
 軒先に商品陳列だけしている店舗が少なくなくて、そういうところは鳥が鳴いている状況なんですもん。
 そういう姿はちと寂しい……。


 ま、本音を言えばアルコールの試飲出来るトコが増えてほしい!というだけかもしれませんが!(笑)
 高知の、宇宙から還ってきた酵母で作ったというお酒を飲みたかった……。
 ボトルで買うのはさすがに躊躇ってしまったのですけれど、あれは買うべきだったか……。


 とまれ、「ふるさとの食」という看板に偽り無しの素敵なイベントでした。
 これは来年も行くしかないわー(笑)。
 ちょいと電車に揺られて、どぶろく祭りへ行ってきた~。
 そしたらうっかり寝過ごしてしまって先の駅まで行ってしまう有様。
 目が覚めたらどこの山の中かと思ってしまいましたよ!(笑)

 ま、目的の駅も相当な山間ではありましたが(^_^;)。


 お祭りと言っても地元の有志が集まって催したこぢんまりとしたモノでした。
 これはちょっとイメージ違ったー(笑)。

 しかし今日わたしが参加したのは言うところの振舞酒みたいなもので、先週?行われた神社への奉納の儀のような祭典ではそれなりに賑わったとかなんとか……。
 そちらの日取りも知っていたのですけれど都合がつかなかったのですよねー。
 残念!(><)


 で、どぶろく。
 見た目、甘酒みたいなものだったので気安く考えていたのですけれど、口にすると意外とクセがあるというか個性を主張するお酒だったカンジ。
 清酒に慣れているとキツさを感じるかもー。

 でも、昔の人はこういうお酒のほうが一般的だったんだよなぁ……って考えてみると感慨深し。
 数杯、おかわりしちゃいました(^-^)。


 どぶろくのほかには有志の方が出店されている出店っちうか炊き出しっちうか。
 焼きそば150円! お蕎麦100円! 焼き鳥3本で200円!
 なんて良心価格!(笑)
 嬉しかったのは杵と臼で作ったお餅を食べられたことでしょうか。
 小豆あん100円! からみ餅も100円!
 柔らかくて美味しー!(≧▽≦)


 予想外に小さなイベントでしたけれど、こういう地元色あふれる手作り感いっぱいなお祭りも悪くないなぁ……と思ったりしたのでした。




 1980年代、中国地方に名を馳せた伝説のレディース『製鉄天使』。
 走ることで、暴れることでしか自分を証明できなかった少女の驚愕の一代記。
 ――といっても御存知のとおり『赤朽葉家の伝説』からのスピンオフ作品なんですけれど!

 三代に渡る物語の『赤朽葉』のなかで動乱の時期を支えた毛毬。
 彼女の人生をなぞったように進められていく作品が作中での「あいあん天使!」なワケで、となればもちろん今作も同様な次第。
 それが理由なのか、当然、すごく既視感がありましたー。

 もちろん『赤朽葉』で描かれていること以上に展開は複雑になって、設定や話の幅も大きくなっているのですけれど、しかしそれでもある枠内での限界があったような気がします。
 新鮮味より既視感のほうが勝ってしまっているというか……。


 鉄に愛された少女、現代日本に存在するとは思えない武器屋、夜ごとに積み上げられていく伝説の数々……。
 中二病もかくやといわんばかりの設定や展開は、あの毛毬が編集者と一緒になって「設定はもっと特殊でいい。もっと大胆に好きに描きなさい」とかやりとりしながら作り上げていったのかな~……と思うと、それはそれで今作へとはまた違った感慨がこみ上げてきます(^_^;)。


 そう考えると、今作はあくまで『赤朽葉』のスピンオフ作品であることをふまえて楽しむように作られているのかなー、とか。
 先述の中二病設定とかは、いまの桜庭センセの立ち位置には全く似つかわしくないモノだと思いますし、かといって今作がそうした設定を見逃してくれるような世代向けに作られたとも見えないのですよね。
 今作単体では完成されず、『赤朽葉』の読者に限って向けられた作品なのかなー……と。


 そして対象なのは『赤朽葉』読者というだけでなく80年代を知っている30歳代以降の人ですよねー。
 あの時代の「不良」を知らなければ今作の面白さ、突き抜けかたが感じ取れないと思うー!
 あの頃の不良少女にしてみたら、いまの女子高生の制服なんて下着も同然ですよ(笑)。
 喫茶店のテーブルがゲーム筐体だったなんて信じられないでしょ!?
 そういう時代の香りはいっぱいに放っていましたなぁ……。
 もしかして桜庭センセ、これ書いているときすごく楽しかったんじゃないかとイメージします(^_^;)。


 少女が女へと変わっていく時代を描くあたりは桜庭センセらしいセンスを感じます。
 この世界は綺麗なモノを少しずつ、そして突然に汚してしまう残酷さを持ち合わせているところも。
 しかしそれを否定してどこまでも続く美しさを探して、だけれどもその行為に希望を予感させることも全くない無情さも、嗚呼、いつもの桜庭センセらしいなぁ……。

 えいえんの国を求めた少女たち。

 永遠はあるよ。ここにあるよ。
 そんな言葉を求めてしまいました。



 ところで。
 スピンオフしているのですから当然ですが、もしかしてこれってファンディスク的作品だととらえても良いのでは?
 まぁ、それが認められたとした場合、「FDなのにフルプライスなのはどうよ?」とか言われそうですけれど!(笑)
 昨日はいよいよ『イブの時間 劇場版』を見てきたのですよ~。
 WEB試写会で見ていたとはいえ、スクリーンで見る映像は衝撃的でしたー。
 一昔前の映画アニメって、なんか、こう、大味な映りだったと思うのですけれど、ここまで精緻に映し出されるようになったのだなぁ……と感慨深かったデス。
 デジタル時代、すごい!

 今回もBDをPS3で出力なのかしら……?


 公開されているact01~06をまとめて、そこへ新規カットを挟んで物語のバッググラウンドをかいま見えるようにしたものが今作劇場版。
 そうすることは予定されていたことですし、差し込まれる新規カットがあるとはいえ大きな進展を見せるのは難しいだろうなーと納得ずくの上で見たのですがー。
 うーん……。
 高い映像美に比べて物語構成については文句なく花丸を付けるトコロまでには達していなかったかなーって印象が。
 もちろん及第点は越えているのですけれど、深い満足感を得るところまでは届いていないっちう。
 もっともそれはWEB公開時から感じていたところでもあるので、そこも込みで納得しなければならないのでしょう、わたしの場合。


 なんちうか、アンドロイドと人との関係を描いた……とはひと言で言えるのですが、そこになにか「次に繋がる答え」があるようには感じられないのです。
 あるのは「現状の肯定」であって。
 もちろん新規カットで「答え」に類推するものが差し込まれていましたし、それを描くのは今後の作品においてである……という考えもあるのですがー。


 こと構成においては「リクオ」を主眼にした物語が進められている中で、彼の思想についてはact05でひとつ決着がつけられているのですよね。
 シリーズ中、おそらくもっとも評価が高いact06ではすでにリクオは中心視点では無いという感があって、劇場版としてまとめたとき、どうにもこの最後は蛇足感をおぼえてしまうのです。

 act06が悪い話であったと指摘するつもりはありません。
 ただ、ここでマサキの信条を主に据えて描くのであれば、もっと序盤からリクオとマサキの対比を描いておくべきだったのではないかなー……ってことで。


 私見ですけれど、劇場版以前にWEB公開はact05でひとまず終えていれば良かったのではないかと。
 まず1期、リクオの物語として。


 先日見てきた、吉浦監督の初期作品と併せて考えると、監督は物語の大枠を意識するあまり細部のつながりや描写について大味になるところがあるように感じられて、そこが少なからず残念であります。
 どちらからいうと、作品が収まるハコを作ってその中で物語を動かす「微分」型の制作スタイルなのかなーって。



 ちょいと批判めいた感想になってしまいましたが、面白かったというのは事実です。
 見るべき価値のある作品であるのは間違いなし!
 ただ、あまりにも「スクリーン映え」(笑)してしまう作品なので、この魅力が仮にBDなどで発売されて自宅視聴することでは魅力半減になってしまうのではないかという不安がー。
 池袋のテアトルダイヤでわたしは観賞したのですけれど、あそこ、音響もわたし好みなのですよねー。
 あれだけの音を自宅で創り出すことは無理だわ……(^_^;)。


 吉浦監督の作品観については、やはり過去作品を見てもらって感じてもらうのがイチバンかと。
 公開終了まで時間無いですけれど、「吉浦康裕監督WORKS」も是非。
 『ペイル・コクーン』と『水ノコトバ』については『イブの時間』でも登場してますし、そういうチェックする楽しみも発生しますしね!
 ……そんな脇見ばかりしているのもアレですけれど(苦笑)。
 『イヴの時間』の吉浦監督の過去作品を集めた「吉浦康裕監督WORKS」見てきました~。
 レイトでしたけれど21時からの1時間なので、仕事帰りでも十分見られるカンジ。

 で、感想なのですけれど――。
 うん、すごかった、けど……内容を微分するような行為をしてはいけないかなーって。
 考えるより、感じるほうが大切!っちうか。


 「我ハ機ナリ」や「キクマナ」などの習作群においてはストーリーは皆無で、映像としての技術を試しているって部分が大きいカンジで。
 で、そこで描かれている方向性っていうのが、どうにもホラーなのですよねぇ……。
 視野外から突然現れるとか、突然切り離される感覚とか。

 続く短編「水ノコトバ」でもそういう部分はありますよねー。
 特にラストで衝撃を与えるって、短編ホラーとしては定番っちうか王道っちうか(笑)。
 しかしそれ以上にこの作品の意義は、『イヴの時間』のプロトタイプ的な雰囲気を漂わせているところですかー。
 喫茶店内で起こる出来事に焦点を絞ったグランドホテル方式であるところとか、もう。

 このあたりでようやくストーリーめいたものが現れだして、初の長編?「ペイル・コクーン」で形となるわけで。

 しかし「我ハ機ナリ」や「キクマナ」というストーリーではなく着想の作品と、「水ノコトバ」「ペイル・コクーン」で開花したストーリーを合わせてみると、吉浦監督の意識の中にはメタ視するような感覚がまずあるのかなーって気がします。
 作品の根底に据えるガジェットに、見えている世界、そのひとつ外側に概念を打ち破る視点がある……というような描き方をしているように思えるのです。
 ホラーとして感じた部分も、じつはそのような部分なのかも、とか。
 信じていた世界の崩壊……みたいなー。


 とまぁ、吉浦監督という人を感じるにしても、『イヴの時間』の予習としても、見て損はないものでした。
 ますます『イヴの時間』が楽しみになったー!
 WORKSでは「イヴの時間 act01:AKIKO(オリジナルバージョン)」も上映されましたけれど、すでにここでもういろいろと修正入っていたカンジ。
 ま、WEBで見てますけれど、スクリーンでみないとね!
 テアトルダイヤ、好きになれた劇場ですしー。
 音が良いような気がします、あそこ。


 WORKS見に行ったとき前売り券をチケットと交換してきたのですが、そのとき「初日の舞台挨拶の回もまだ残ってますよー」って窓口のお姉さんに言われて……。
 ――行けるものなら行きたかったわ!!!
 世間の人間が、すべて土日がいつもお休みになっていると思うなよーっ!!!(T△T)
 うわああああんっっっ!



 ……劇場版『イヴの時間』のラストも、考えてみると「驚愕の真実が!」的な仕掛けだったかな。
 少しだけNTR感覚味わってしまったのは、にんともかんとも(笑)。




 既読の作品より、ちょっと登場人物の年齢が高いかな?
 高校生から20代半ば過ぎってところですし。
 そんな年齢構成が関係してくるのか、今回のお話は妙に生々しくって。
 男と女のあいだで、それぞれのセックス観がキーになっているっちうかー。

 んでも、分かり合えなさ……という部分ではこれまでの作品と同じニオイが。
 むしろどれだけ肌を重ねても男女は同一化できないという決定的なモノを見せられたカンジ。

 んがしかし。
 同一化できないからといって必ずしもそれが不幸であるかといえば、それはまた違うのかなーってカンジもします。
 ただより「個」であることを意識させられてしまうだけで、生き方としての不幸とかとはまた別の話になっている……という気も。

 たとえば「十七歳スイッチ」では肌を重ねることで一緒にはなれなくても相手のことを理解できて少しだけ近づけたカンジで結ばれていますし。


 ……もっとも、それでこの2人がこの先も同じ道を歩んでいくのかといえば、そういったことに対して決定的な状況証拠を残さないのが豊島センセなのですよねー。
 ただその物語においてはそうである……というだけで(^_^;)。

 だもので「それから」の話については読者の想像に任せられているワケですが、今回は1作、意外にも時間軸が連続している作品があって。
 んー……。
 豊島センセのスタイルがそうであるとわかっていても、やはり「それから」が描かれていると読み手としてはどことなく安心感がありますねぇ(苦笑)。


 あ、でも厳密に言えば時間が連続しているというものでもなかったかな。
 視点が女の子サイドから男の子サイドへ切り替わった……というほうが正確かも。
 もちろん、状況状況で男の子がどう受け止めていたのかを知ることができて、大変興味深い作品に仕上がっていたと思います。



 わたしが読んだ豊島センセの作品のなかでは、ひときわ重い作品かなぁ。
 こう、水に濡れた衣服の重さ――みたいな。
 まとわりつく苦しさのようなものを感じた作品でした。
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