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 『大阪万博』 『らき☆すた (7)』 『マイガール(4)』 を購入~。
 書店でコミック買うのって久しぶりじゃないかしら(笑)。
 秋葉原に行ったときに買うのは「書店買い」とは思ってないですしねぇ(^_^;)。


 『大阪万博』はネタおよび企画としては面白かったのですけれど、内容的には「んー……」と思ってしまう物足りなさが。
 フィギュア設定図には感動でしたが。
 四方からの図を描けるってスゴイ……。

 もっともネタと企画に賛同して、連載当時から付き合ってきたという郷愁に誘われて購入したので、わたし個人としては問題無かったですけれど!

 いや、でも正直に言えばトリビュートコミックは要ら……ゲフンゲフン。
 篠房六郎センセが面白かったです。


 『らきすた』はー、以前から思っていたのですけれど収録構成が場当たり的過ぎる気が。
 こなたたちが大学生になったかと思えば、また高校生活での作品が収録されていたり。
 混乱するわ!(><)

 大学生になったといっても新生活にまつわる新鮮味はなくてこれまで通りな展開が少なくないですし、時間の針を進めた意味は?とか考えてしまったわー。
 柊家の家族が目立ってきたりと世界を拡げるのは歓迎なのですが、なにか色々と整理して欲しい気がするー。


 巻が進んで新しいことといっても、キャラを増やしたり既存キャラも含めてネタのカップリングをシャッフルして通用させているだけに、あまり時間の流れを斟酌することも無いのではないかな~と思ってしまうのデスヨ。


 『マイガール』はラストに驚愕(?)の展開が待っていて!(≧△≦)
 こちらは『らきすた』と違って時間の流れが優しい無情さをはらんでいるなぁ……とカンジさせます。
 ああ、どうなってしまうんですか!?
 重松清センセの『STEP』を読んだあとだけに、正宗が選んだ選択と、コハルちゃんの成長という変化がどう描かれるのかと。


 オビで知ったのですけれど、TVドラマなんて放送していたのですね。
 うーん……ジャニ系ドラマかぁ。
 そうでなくてもドラマ化は原作を都合良く改変しやすい媒体なので、期待はできないのですけれどもどうなのかなー。

 たまたま今日、NHKで『ROMES』のドラマを見たのですがー。
 さすがNHK!と感じずにはいられない小粒感が(^_^;)。
 民放と違って変な解釈やら改変は少ないのですけれど、求められる表現に対して労力が足りてないというカンジがして。
 技術もそうなのですけれど、根本的には資金が足りないのかなー……って思えてしまって残念。

 二次元→三次元の壁は、いまだに高く険しいですなぁ。
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 休みだからってサンデージャポンを見逃すくらい寝てたのは、さすがに寝過ぎ!(><)
 おかげで予定していたことの3割弱が実行不能に……。
 貴重な休日に、これは凹むわぁ~(T▽T)。

 まあ、昼過ぎまで雨が降っていて身動き取れなかったのでギッリギリセーフ……と考えましょう。


 で、雨が止んだ辺りを狙ってちょっと自転車で遠出してきたのですけれども。
 数年ぶりで通った道が綺麗に舗装しなおされていてオドロキ。
 なんとまぁ自転車に乗りやすい道になっていたことか!

 しかし復路、自宅へ近づくにつれてガッタガタの悪路へと変貌していく光景。
 家を建てたり配管工事などで掘り返され、そのつど部分部分だけ新しいアスファルトで埋め直された道路は、さながら切開手術を繰り返した痕のようで。

 ほんの少し前まで快適なライドを楽しんでいただけに思ってしまいました。
「ウチの周りの道もなんとかしてほしいなー」……って。
 ……ああ、これが地元に公共事業を誘致してほしい気持ちなのかなーって(^_^;)。


 いまの日本で、およそ人が住んでいるところになにも道が通じていないという場所は無いと思うのです。
 ただその道が車一台しか通れないような道であったり、危険な曲がりくねった道であったりする場所は多いかもですけれど。
 そうしたとき「この道がもう少しだけ便利になったら良いなぁ……」って考えてしまう気持ちを無くさない限り公共事業なんて減ることは無いだろうなぁ……と思います。
 つまりは、いまある以上のことを求める欲が無くならない限り。


 でもその気持ちが無くなってしまっては進歩も変化もないので、肝心なのは「求めるココロを殺すこと」ではなくて「より多くの人が倖せになれる方法を計る客観性」かと。
 田舎の農道が立派に整備されたりして納得いかないのは、それによって倖せになれる人が限られてしまっているからなんですよねぇ……。
 費やしたモノを別のことに転用すれば「より多くの人が倖せになれた」かもしれないと思い描いてしまうために。


 自分がちょっとだけ不便な思いを我慢すれば、もっと多くの人が倖せになれる。
 みんながそう考えてくれればねぇ……。




 不思議な縁で結ばれた中学生三人組が、夢を追ったり夢に破れたりした大人たちと交流したり同世代の友人たちとネットで上辺だけの付き合いなどをしつつ、この世界がもう少しだけ良くなっていったらいいなと願うお話。


 うーん……。
 簡単なようでいてどういう物語なのかをまとめるのが難しいカンジ。

 でも「大人は良かれ悪しかれ自分の生き方を子どもに示す」役割で、「大人の姿を見て子どもは成長する」ことを描いているのはいかにも笹生センセらしいなぁ……と。

 明確にどこがどう成長したというのも難しいのですよね。
 でもラスト、自分の気持ちをネットに綴った主人公の言葉は、それまで生きてきた世界と比べて視野が広がっている印象を受けるのです。
 モノの見方が広がる。
 それをひとつの成長と言うのではないかなー。


 2chのような掲示板書き込み風文章や学校の裏サイトとか、情報社会とローティーンの関わりをまたもや作中で取り上げるあたり、なにか笹生センセの信条みたいなものがあるのかしらん。
 たしかに無視できないツールだとは思うのですけれど、作中でのウェイトが軽くない気が。


 何かを成すのでも世界の窮屈さに葛藤するような激しさも無いのですけれど。
 10代前半の頃、ゆっくりと変化していく子どもの姿が微笑ましく思える作品でした。
 




 幼かった恋が終わって、少しだけ大人になれた新しい恋の始まる予感。

 うはー!
 これはステキでした~!(≧▽≦)

 6編の掌編が収められているのですけれど、そのどれもが失恋的な情景で進められていくのですよね。
 想い続けていっても叶うことがない、関係を続けてもその先に倖せが見えない。
 そんなシチュエーション。

 もちろん、それとわかったからといって想いを止められるものではなくて、愛情を求めていくのは人間として普遍的行為なのだと。

 ひとつの恋が終わるとき、それはなにかが掛け違えていたのだなぁ……とカンジさせられます。


 掛け違いや間違い、それに気が付いて恋が終わるとき鈍い痛みのようなものをカンジるのですけれども。
 その痛みが幼かった自分を少し大人へと成長させるクスリになっているなぁ……と。
 幼い恋は純粋で作られているけれど、純粋でいることだけが恋の条件では無いのですよね。
 疼痛に耐えながら、想いを精錬していく作業。
 倖せとか、愛とか、そういうものはその作業の先にあるものなのですねぇ……。



 いまだモラトリアムを彷徨う二十代の恋を描いた表題作「夏が僕を抱く」も良かったですけれど、わたしとしては浪人してしまった幼馴染みを意識してしまう「遠回りもまだ途中」も好きかなー。
 この中で語られる――

 「あたしもっともっと傷ついて岬に会いたい」

 ――というセリフが今作を象徴している気がして。


 ん?
 いま気付きましたけれど、どの掌編も「幼馴染み」といった関係であるのかも?
 その関係がずっと続いていたというものではなくて数年ぶりに再会したというケースがあるにしても、「幼い頃の相手を知っている」というトコロがポイントかも。
 んー……。
 これはオタには大好物のシチュエーション、ですか?(^_^;)



 どのお話も要約すると恋が終わることを描いているので、いつものわたしなら「投げっぱなし」と揶揄するかもな結び方なのですがー。
 いいや、違うねこれは!(笑)
 ラスト、きちんと新しい恋への予感をカンジさせられますもん。

 終わりがあって、次へと歩き出せる。
 そんな余韻がステキな作品なのです。





 愛に飢えていた高校生が、本当の愛を探すお話。
 ……だよね?
 ちょっと物語の軸がどこにあるのか見えにくくて(^_^;)。


 高校生の身空で「本当の愛」なんてわかるのかいな?とも感じないワケではないのですけれども、彼ら彼女らは高校生という年代においての本気で探している、求めていると感じます。
 だいいち、歳をとって大人という立場になったからといって「本当の愛」がなんであるのかわかるとも限りませんし。
 そこはもう、探している、求めているという行為を実践しているだけ、彼らのほうが真摯であるなぁ……と。


 短編とも呼びにくい掌編を幾つも積み重ねていって物語るスタイルは珍しいカンジ?
 サクッと終わるエピソードが連続していくので適度な流れ勢いを生んでいるな~……とは思うのですが。
 反面、それぞれのエピソードについてもうひと味っちうか深み?が足りない印象も。

 うーん……これは一長一短なのかなぁ。
 んでも、つまるところは視点を切り替えて語りつつ大きな流れへと集約されていくスタイルであると思うので、もう少しまとめられたのではないかなぁ……とカンジます。


 それでいて終盤では思いっきり急いてしまっているのですから、いよいよもったいないというか……。
 事件、事態を解決するために設定を付加するのは、あまり良い気持ちはしなかったデス。
 その設定で勝たせるなら、もう少し事前に情報を出しておいてほしいー。


 途中までの青春的な流れは悪くはなかっただけに、物語を収束させるために用いた手法が残念でなりません。
 まぁでも、改稿したとはいえこれが投稿作っていうのですから、ここからの成長を楽しみになれるセンセ……なのかな?
 ちょいと既作品について興味が湧いてきました




 十数年前、静かな田舎町で起こった少女殺人事件。
 事件の関わった者たちが「あのとき他に何が出来たか」「どうすれば良かったのか」と懐古の念に囚われ、現代までその想いを引きずってしまう悲劇。
 忘れようとしても忘れさせてくれない呪いのような想いが向けられ、それがまた次の悲劇を生む連鎖となってしまうという……。


 当事者の独白で過去の出来事が明らかにされていくというスタイルは『告白』でもお馴染みの湊センセらしい構成でした。
 ただ、そのぶん内容をどうしても『告白』と比較してしまうのですよねー。
 んー……正直、明らかにされていく展開、真実などが凝りすぎているカンジがして。


 個々のエピソードとしてはそれぞれが興味深い内容を披露されていっているのデスヨ。
 でも、エピソードをつなぐ大筋の中での要素がわかりにくいような……。
 凝っているようでいて、しかしそのせいで迂遠すぎるっちうか。


 今作は、事件当時その場に居合わせながら愛娘を救えなかった同級生たちを「人殺しと同じだ」となじる母親と、その言葉を呪いのように受け止めてしまいその後の人生を「贖う」ために生きることになってしまった同級生たちの悲劇なのですよね。
 誰が悪かったというものでもないのだけれど、かといって全て善かったワケでもなく。
 もちろん確かな「悪」は犯人であることは間違いないのですけれども。

 善でもなく悪でもなく、ただ世の中ってうまくいかないものだなぁ……というやるせなさを感じるのもセンセの作品の特徴ですか。


 特徴といえば「大衆の無作為の悪意」みたいなものもありますね。
 集団心理の凶暴性というか、無責任であるがゆえに放たれる善意を装った攻撃性というか。

 生徒を助けるための行動について激しい非難にさらされた教諭の──
──あなたたちの子どもなど、助けなければ良かった。

 ──という声はあまりにも痛烈です。


 行動を起こせば必ず結果が発生します。
 結果があれば、大衆は各々が好き勝手に自分の気持ちをぶつけることができてしまいます。
 それが、いまの世の中でいうところの「自由」というもの、らしい、ですから。
 批難を望まないのであれば(望む人なんているのでしょうか?)、行動しなければいいのです。
 行動しなければ結果も生み出されませんから。


 世界に漂う停滞感というものは、そんな「自由」な空気が生み出したものなのかも。





 ありがとう。
 読み始めてすぐにそんな気持ちが浮かびました。

 この本は、きっと、恐らく──いや絶対に大きな売上を残すような「商品」ではありません。
 説明も、解説も、そして前巻からの引きを取り繕うような散文もなにもなく、冒頭から始まるクライマックステンション。
 これはもうこの作品は「ここまで付き合ってくれた読者のみをターゲット」にしているものだと感じられたのです。
 それは読者への贈り物といって良いくらいです。

 もちろん作品を完結させることは著者にとっても利あるところです。
 なので一から十まで読者へ贈るものではないとは思いますけれど、それならばそれで「著者と読者のみが共有できる世界」がここに存在していると言えると思うのです。

 最初に言いましたように、この作品の売上は決して芳しいものではないでしょう。
 でも、それを見越してなお刊行まで辿り着けた編集サイドの尽力と判断、そしてきちんとした形で完結させてくれた夏海センセに感謝したいです。


 そんな気持ちにさせられてしまったので、水無瀬一佐率いる反アポストリの先鋒<水車小屋>の暗躍が結果を見せ始め、アポストリ側が次々に追いつめられていく状況から展開していく冒頭でもう興奮ですよ!
 そうした現状を眺めなにが最も自陣営の利となりうるのか、自分の利となるのか見定めようとする者たち。
 踊る会議と、猛進していくタカ派の一団。
 腰の重い日和見を動かすために、そしてタカ派の動きを牽制するために、学たちの一進一退の攻防が緊迫感あってもーっ!
 
 ひとつの問題をやりこめたと思って興奮していると、すぐにそれを打ち消す厳しい現実が待っていて落ち着くヒマも無いったら!(><)
 今巻はもうずっとそんな上げ下げテンションでした。


 それでも諦めずに次々と問題を乗り越えていく学の姿には素直に感動できましたなぁ。
 このシリーズって、なんの力も持たない高校生が、自らの身一つで諸問題を乗り越えていくところがスゴイと思うのです。
 それも火事場の馬鹿力といったものですらなくて、知恵と勇気と優しさの執念で乗り越えていくのですよね~。
 設定段階で構築しているのではなく、文脈の中で、あるいは物語の中で答えを明らかにしているっちう。

 軍事モノはライトノベルでは大成しないと感じていますけれど、理詰めできちんと物語を構築できる人が少ないせいでもあるのかなー……と思ったりします。


 そんな次第で善戦しながらも追いつめられていく学たち親アポストリ派および親人類派ですが。
 終盤へ向けての大逆転劇を生む伏線があちこちに見えていて。
 これがまた熱いったらないですわー!

 これまで学と関わってきた人が学を通じてひとつの流れになって反撃の狼煙を上げて。
 才能っていうのは物理的にどうこうできるもの「だけ」ではないのだなぁ……と。
 それだけを才能と言ってしまっては、学が勝つ理由なんてなくなります。
 学が活動してきた全ての結果が、ここにひとつに集約されていくのです。
 個性という面だけの「キャラクター」ではなく、南方学という「人間」が今作では描かれていったのだなぁ……と感じます。


 で!
 そんな緊迫した状況が途切れなく続いている状況であるにもかかわらず、しっかりと絆を結ぶ学と葉桜のラブっぷりも、もうねもうね!!!(≧▽≦)
 「あのシーン」では、もう、どこのハリウッド映画かと思いましたよ!(笑)

 しかぁ~も!
 灯籠参事官がここにきて急展開!
 いや、学に固執していたようなトコロを鑑みるに、それもまぁわからないでもないですか……。
 ここらあたりのこと、どうなのかなぁ……。
 どうなっちゃうのかなぁ……。
 外伝求む!(笑)


 主人公は走り出し、ヒロインは主人公を信じ、そして彼の名のもとへと集うオールスターキャスト。
 まさにクライマックス。まさに大団円。
 ここまでの勢いが止んで、ホッと余韻にひたれるラストでした。


 そしてエピローグ。
 今回の事件は終息しましたけれど、また再び同じようなことが起きないとも限らないワケで。
 それは人間とアポストリの共棲関係が変わらない限り変わらないばかりか、生物の種として背負った業が運命付けているのかも。

 それでも学と葉桜は手を取り続けていくでしょうし、そうした姿は違う場所でも見られるかもしれない。
 一年前の夏に出会ったふたりが、また夏を迎える頃にこうして世界の行方を変えるような存在になれた。
 出会いが、世界を変えたのです。

 なんて見事なボーイ・ミーツ・ガール。
 ステキな物語をありがとうございました。
 夏海センセの今後のご活躍を期待しております。
 今日は物販に興味が薄かったので、開場直後くらいに着けばいいかなーって。
 AntiKnockは初めてだったのですけれど、良いところと不満なところが一緒にあるハコでしたね。

 良かったのはスピーカー。
 わたし好みな音が出されてました。
 不満なところはフロアに段差があったところ。
 後方の人たちの視界を確保するために中央で1段上げているのですけれど、これが危ない。
 場所によってはこの段差に足がかかってしまうのですよー。

 さらに気に入らないのが、これはハコ側の問題ではないのですけれど、この一段下がった段差の部分に荷物を置く輩がいたことなんですよねー。
 ただでさえ荷物がフロアにあると邪魔なのに、それが段差に影に入るので認識しにくいったら!
 上のフロアにいる自分らには邪魔にならなくて良いのかもですけれど、これはなあ……。

 もっとも、そもそもわたしはライブのフロアに荷物を持ち込む輩を嫌悪しているので公正な判断ではないかもですが(><)。


 ライブ自体はフツーに良かったデス。
 あいかわらず疾走感と高揚感にぶっ飛んだセトリで(笑)。
 もー、ガンガンぶちあたっていくわ大声で叫ぶわ腕を振り回すわ。
 それでも比較的MC時間が多く取られていたような?
 あー、でもなに話していたかあまりおぼえてないやー。
 MC時間は休憩時間なので(^_^;)。


 そういえば。
 MCじゃないのですけれど前説の前説でOVERDRIVE次回作『DEARDROPS』のSEを収録しましたー。
 歓声とかアンコールのかけ声とかブーイングとか(笑)。
 そんな『DEARDROPS』は冬コミあたりで体験版?
 でもって花粉症の頃に発売を目指しているそーです。


 オープニングアクトはSRRSがつとめたのですが、milktubの前座としておなじみになった感がありますねぇ。
 ただそれがSRRSにとっては良いのか悪いのか。
 あくまで前座という位置にあり続けていて、そこからの飛躍の可能性を感じられないっちうか……。


 あ、思い出した。
 ギターが福岡ライブに続いてまたもやミスったのでした(笑)。
 たしか「虹」のイントロだったと覚えているのですが、まぁ、難しいといえば難しい出だしですか。
 それなのに更になにか小細工しようとしてミスるという……。
 さすがギター(笑)。


 2nd Album制作も順調に進んでいるようですし、来年はまたツアーでしょうか。
 定番曲も十分に面白いのですけれど、新曲をライブで聴ける日がくることを楽しみにしています。
 今週末はイベント目白押しだったものでどこへ行こうか迷いまくり!
 夕方からのmilktubのLIVEは確定なので、それまでの時間を……。
 オクトーバーフェストか、CEATECか、あるいは九州物産展か。

 WEB見ながら悩んでいたところ、先日の台風の影響で設営ができなかったとかでオクトーバーフェストの開催が11日からに延期されていたそうで!
 これで候補がひとつ減りました!

 あとは最終日のCEATECか九州物産展かなのですがー。
 17時までに新宿に向かうため(今日のハコは新宿AntiKnockなのです)には、ちょーっと千葉の幕張メッセは遠いなぁ……と。
 もっと早起きして開場時間に間に合うように着いていれば、あるいは?(苦笑)
 うーん……面白いデバイス展示、いろいろあったみたいなので見たかったんですけどねー。


 そうして絞った結果、代々木公園で開催されている 来て見て食べて 感動!九州 観光・物産フェア2009 へ行ってきたワケですが。
 これがまた素晴らしかったイベントで!(≧▽≦)
 地鶏! 黒豚! 焼酎!
 うまかもんがおおかばい(あやふやな方言)。

 地鶏はね、東国原知事の宣伝もあって宮崎の認知度が高くなってますけれど、ほかの県の地鶏も美味しかったですよ。
 熊本の地鶏とか。

 熊本はね~、ガンパレードマーチのおかげで親しみがあるんですよね~(笑)。

 九州といえば博多ラーメンが有名ですが(食べた!美味しかった!)、ラーメンのほかにもうどん文化が華やかだったように感じました。
 それぞれの地域特色あふれる具材でうどんの出店が目立っていたカンジ。

 あ、博多といえば明太子。
 こちらも幾つか出店されていましたね~。
 明太子そのものだけでなく、鰯のお腹に明太子を詰めて焼いたモノとか美味しかった!
 あと梅ヶ餅も販売されていたので食べたかったのですけれど、こちらは1個での販売はしていなかったので残念ですけれど見送りました。
 さすがに10個とか食べていられないので(^_^;)。


 で、そうした食文化でやっぱり外せないのは焼酎!
 これはホント、たくさんのお店で自慢のお酒を持ってきていました。
 もう、普段聞いたことの無い銘柄ばかりで、どれを飲んで良いやら迷う迷う。
 そういうときはお店の人のお薦めを尋ねてしまうのが安易ですけれど楽で確かなのでそうしようかと思ったのですがー……
 「今日はどれもオススメの銘柄を持ってきましたよ!」
 ……尋ねる前に質問を封じられてしまいました(笑)。

 さらに悩みを深まらせたブースがありましてー。
 そこでは30種以上の銘柄を1ショット200円で飲めるんですよー!!!
 うがーっ!
 絶対に飲みきれないーっ!!!(><)

 結局そこでは度数高め、古酒、軽めといった趣き異なる3種類を嗜むにとどめました。
 うーん……。
 時間があればここで飲み続けても良かったカンジ。


 とにかく九州の食文化がギュッとつまったようなイベントでした。
 また行きたくなっちゃったなー(^-^)。




 若くして妻に先立たれた男性が遺されたひとり娘を男手ひとつで育てていくなかで、娘の成長に時間の流れを感じつつ、時間とともに変わっていくものと変わらないものを感じていくお話。

 うああああああぁぁぁぁ……!!!
 なんていうのかなー、「間違えなかった『汐 篇』」って言うのかなー(人生)。
 パパさんの健一さんの努力とか、愛娘の美紀ちゃんの健気っぷりとか、もうねもうね(TДT)。


 この世界はお役所が言うところの「標準世帯」に属さない家族には生きにくい世界であると思うのです。
 そうした世界で生きていくには、いろいろと障害があったり理不尽なことがあるのですよ。
 残念なことに非「標準世帯」の家族が感じる想いについて「標準世帯」の人は気付きにくいのですよねー。
 もちろん非「標準世帯」の側が、それを気付かせないように振る舞っている部分も小さく無いのですけれど……。

 でもね、そうした気付かない想いは絶対にあるし、抱えているものなのですよ。
 誤解されると困るのですけれど、それを無理にわかってくれというものではないのです。
 「標準世帯」とされる家族にも実際には様々な形があるように、そうした1形態として受け止めて欲しいということなのですよ。


 たぶん、こういうことを言うのは今作の主旨から外れてしまうのかもですが、それでも言いたくなってしまった次第。
 父子家庭や母子家庭の方々はいろいろな困難が襲うでしょうから、困ったときは「困っている」と言って良いと思うのです。
 自尊心が許せる範囲で。
 ゆずれないものは必ずあると思いますし。

 母の日のためにお母さんの肖像を書きましょうと授業する小学校教諭。
 うん、まぁ、それ自体は教育の一環ですし決して配慮に欠けているとは言いませんけれど、亡くなってしまった人だからといって「死んだお母さんはもう家には居ない」と言ってしまうのは配慮に欠けると思うのです。
 それは自分が「標準世帯」で生きてきた、気付かぬうちに潜む驕りではないかと。


 そーだよ、ウチのママ、しんじゃったんだよ、でもいるんだもん、ずっとウチにいるんだもん、あんたたちのママってしんだらいなくなっちゃうの? そんなのだめだよ……。


 幼いながらもそれを言える美紀ちゃんの感性に涙(T▽T)。
 で、そうした感性を大事にしていくパパさんの健一さんも立派デス。


「美紀はこれから、思い出すたびにつらくなって、悲しくなって、寂しくなると思います」
「……忘れるさ、すぐに」
「忘れません」
 強く言った。義父は、わかったわかった、と苦笑交じりに目をつぶる。
「でも、つらい思い出に触れるたびに……美紀は、優しくなってくれると思います。いまよりももっと優しくなって、生きることに一所懸命になって、そういうふうに一所懸命に生きているひとたちのことも、ちゃんと尊敬して、愛して、愛されて、……そんなおとなになってくれると思うんです」


 ああああ……(T▽T)。
 
 二歳児保育から始まって小学校を卒業するまでの10年間。
 確かな歩みでもって生活していく父娘の姿を情緒豊かに描いています。

 もしかしたらこれを欺瞞って指摘する人もいるかと思うんです。
 夜泣きをあやす苦労とか、急病で仕事を休まなければいけなくなるようなこととか、辛いことはほとんど描かれていないという理由で。
 うん、それはそうかも。
 現実的な部分から、視線をそらしている感はあるかもです。

 んでも、ですね。
 わたしは健一さんと美紀ちゃんなら、そうした描かれなかった部分の辛さも乗り越えていったのではないかと思えるのです。
 なにもふたりがとても優れていたから……という理由ではなく、当然、周囲の理解と協力があったから乗り越えられたのだと思います。

 優しい祖父母の存在、教訓を授けられた人との出会い、信じている信じられる人の想い。
 そういった縁が、ふたりを育んでくれたのだと。
 そういう物語だと。

 そうした出会いや存在を、これまた「運が良かっただけ」と評するかもしれません。
 そうですよ。
 ふたりは運が良かったんですよ。
 でもね、そうやって与えられた幸運は周囲の人たちが生み出すことの出来た幸運なんです。
 わたしにも、あなたにも、誰しもその幸運を生み出して与えることができるんです。
 誰かにとっての幸運を作り出すこと、それが優しさというものではないでしょうか。


 世界はもっと優しくなれる、そう考えた作品です。




 腕に憶えある自称“正義の味方”が、自分勝手に「悪」認定した相手をバッタバッタと打ち倒していく活劇モノ……とでも言えばいいのかしら。
 わたしからすれば主人公の“正義の味方”なんて言い分は全く同意できないものでしたし、「悪」を破る方法論にしても不快なものでした。

 なんちうか、主人公が目指すところの正義とやらが陳腐過ぎに思えるのです。
 「タバコを吸いたければ二十歳を過ぎてからにしろ。高校生の分際で喫煙しているオマエらは『悪』だ」というあたり、もうどう言って良いやら。
 つまり彼自身の理念とか思想とかそういう部分は無くて、社会法規を遵守することが正義……なんですよね?

 正しいことをしている自分に言いがかりを付けてくる輩はすべからく『悪』。
 クズを逮捕して市民の生活を守った警察は『正義』。

 うーん……。


 そうして『悪』認定した相手を倒すやりかたも「最後に勝つのが正義」理論でなんでもありのやりかたで。
 金的、不意打ち、目つぶし、なんでもOK。
 「始め」の声が掛からないとスタートできないスポーツは軟弱モノ。
 でも「さすがに女の髪を引っ張り回すのはできない」そうで。
 お優しいことですね。


 唯一、賞賛できるとしたら過去に遭った事件を教訓に鍛練を積んで「守れる強さ」を得たことでしょうか。
 でも、そうして得た強さを“正義の味方”だと吹聴してひけらかすようにしている態度が安っぽく見えるのかなー。
 「守る」ことがいつのまにか「討ち滅ぼす」ことに転化しているんですよねー。

 わたしはその態度や行為や思想を暗愚だと感じて、いつかそれが正されることを期待して読み進めていったのですけれど、それは叶わず。
 小さなドローはあったにせよ主人公は連戦連勝、ひたすらに己の正義を邁進していくのです。
 さしたる困難も無くラスボスをも討ち滅ぼし、今作の世界では主人公に敵う存在が居なくなりまさに彼が「法」となったのです。

 うーはー……。


 ヒロイン格の女の子がふたり登場していても、どちらも「女の子」という以上のポジションは与えられなくてこれといって活躍も見られずというのも安っぽいっちうか。
 「駒」というレベルにとどまって、生きているキャラクターには感じられなかったデス。

 展開もキャラクターも、わたしには信じられない作品でした。
 イーモバイルのおかげで、外出中でも状況だけは確認できたF1 日本GP。
 帰宅してから録画を視聴したのですがー。
 うーん……。
 見どころを欠いた平凡なレース……と言っては失礼ですか、平穏なレースでしたね(^_^;)。
 パッシングシーンは皆無でしたし、順位の変動も無くて。
 チームによる作戦の妙みたいなものも無かったかなー。

 盛り上がったのってピットタイミングによるTOYOTA トゥルーリ選手とマクラーレン ハミルトン選手の入れ替わりくらい?
 終盤のトロロッソ アルグエルスアリ選手の130Rでのクラッシュは「見どころ」と言うべきものではありませんし……。

 アルグエルスアリ選手は以前にもピット作業終了を待たずに飛び出してスタッフを引いてしまったこともありましたし、F1選手になるにはまだ尚早だったのではないかなぁ……というカンジがしています。
 見ていて危ないとカンジてしまうっちうか。


 そんなアクシデントでSCが入ったあとのリスタート。
 あいだに1台入っていたとはいえ、トゥルーリ選手は上手くなかったですねぇ。
 トップのベッテル選手との差がSC先導でせっかく縮まったというのに、そのチャンスを活かせなかったように見えました。

 まぁ、でも、今レースでのベッテル選手のパフォーマンスは完璧と言えるものだったと思いますし、地元開催で2位表彰台という結果は見事でしょうか。
 もうポディウムの頂点にいつ立ってもおかしくはない実力は見せてくれたワケですし。
 ……でも「なにかあれば頂点に立てるかも!?」って状況は、今季序盤のマレーシアGPあたりでも見せてくれたことですから、できれば今季中に1勝を果たして欲しいトコロです(^_^;)。




 いまひとつ盛り上がりに欠けたF1日本GPに比べて、男子ゴルフのコカ・コーラ東海クラシックは終盤でトップが混戦模様で盛り上がった次第。
 最終日をトップでスタートした石川遼選手が後半に入ってダブルボギーを繰り返してまさかの首位陥落。
 んでもこれをチャンスと、石川選手との差を広げたい他の選手がスコアを伸ばしきれないあいだに石川選手、大復活。
 15番イーグル、17番バーディ、18番バーディで勝利をもぎとったという。

 ホントにスゴイ選手ですね、石川選手は!(≧△≦)
 追いつめられてからのアクションが、自暴自棄によるものではなくてきちんと勝利を見据えたチャレンジだと感じられるところがステキすぎ。
 15番、17番、18番のセカンドなんて「勝つための必打」でしたもん。

 「勝ち方を知っている」とはよく聞く言葉ですけれど、石川選手は勝つためにはどうすれば良いか、なにをしなければいけないかを知っているように思います。
 これで18歳っていうんですから空恐ろしい……(^_^;)。


 そんな石川選手に負けてはしまいましたけれど、2位の梶川選手、3位の池田選手も見事な熱戦を最後まで見せてくれました。
 やぱしステキな選手が集まってこそステキな試合が成立するんですねぇ。
 ちょいと出かけてお外でネットに。
 したら5Mbps出るとこあったー!
 思わずF1速報をあちこち見まくりましたよ~(笑)。

 んがしかし。
 しばらくして気が付いたのですけれど、データカード(D31HW)の発熱がハンパ無いのです。
 あっちっち!とお手玉するほどではないにしても、じんわりほんのり温かいってレベルは確実に超えていて、主観ですけれど手に持てるとしても「熱い」って感じるレベル。

 不安になったのでイーモバイルのカスタマーセンターに連絡してみたところ――
 「高速通信なのである程度の発熱があることはメーカーも確認している。大丈夫」
 ――って言われましたー。
 うはぁ、こんなものなんですかー(^_^;)。

 とりあえず、現状では接続や操作に不具合は発生していないので今後動作に不具合が生じたら再度連絡ってカタチで終了です。


 USBスティックタイプなのでPC本体へ直差しも可能ですけれど、これ、直に差したら本体へ熱の影響有るんじゃなかろか……。
 ちなみにわたしは付属のケーブル使って接続してます。
 スライド式コネクタって、なんだか不安だったもので……(^_^;)。


 それにしてもカスタマーセンターのつながらないことつながらないこと。
 最初の音声ガイダンス終了してから「ただいま混み合っていますのでしばらくお待ちください」で20分経過。
 最終的にセンターとのやりとりを終えるまでに30分かかりましたヨ。
 どこのカスタマーセンターもこんなカンジなのかなぁ……。
 『けんぷファー』の1話を寝ぼけアタマでチラ見したのですが。
 冒頭、女の子がふたりがガンアクションを繰り広げて、ビルの屋上へ追いつめられたひとりが転落していったのですけれども。
 このとき、落下していく女の子の顔をカメラに写しながら落ちていくのですよね。
 これ、正直、上手くないなーって感じました。

 原作既読者であれば彼女がどういう人でこの後の展開もわかっているでしょうから問題にならない映し方かもしれないのですが。
 未読者とすれば、銃撃戦という緊張感をつないでいって彼女の生死や如何に!?って思わせるシーンなのに表情が映り込んでいたら「あ、無事なんだー」ってカンジになると思うんですけど。

 もちろん死んでしまっていては物語が始まらないでしょうから「生死や如何に!?」は無いとわかっていてもそこは様式美ですし(^_^;)。
 さらに、そうであるからこそ彼女の様子が大事になってくると思うのですよ。
 死んでいないことは前提としても、怪我をしているのか気を失っているのか……etc。
 それを落下していくことへの驚愕のみで、ほかには大事ない様子というのがありありとわかってしまっていては興醒めというほかなかったデス。


 なんちうか、ちょっと……センス無いなぁって。
 そんな次第でイーモバイル、使っているのですけれども。
 自分が使う場所場所では3Mbp以上は出てないかなーってカンジ。

 ま、でも。
 自宅外でもそこそこにネットにつながる生活というものは安心できます。
 これがネット依存というものですか!(^_^)
 あとは新幹線とか移動時での状況や、普段の生活圏外での体感がほしいところー。
 出かけるにも良い季節になりましたし、外へ行くしか!?(笑)




 2016年オリンピック。
 開催地にはブラジルのリオデジャネイロが選ばれて、東京は落選。
 いち個人としてはこれで良かったと思えますし、また世論的にもそれほど望まれていたワケでは無いようなので、これはこれで。


 しかしこの結果。
 以前に名乗りを上げて落選していた大阪とか名古屋の人たちはどう感じたのでしょうか。
 「東京、たいしたことねーな」とか思ったりし……いえ、ごめんなさい。うがちすぎですね(^_^;)。 




 周囲にはほどほどの関心しか寄せず協調性に富むとは言い難い中学生のクラスが、ひとりの風変わりな新任教師の登場によって引っかき回されるお話。

 定番ですとその教師を中心にクラスがまとまりを見せて、なにかひとつの物事に対して向かっていく……というようなものがあると思うのですがー。
 こと今作においては、そういう達成感のようなものは極めて薄い、かな?

 加えて、多感な年頃の中学生が事件をきっかけに成長を見せるようなお話でもありませんしー。
 風変わりな教師の相手をしているウチに、子どもである中学生側が大人にならなければいけないという強制的な部分はカンジましたけれど、それって成長とは違いますしねぇ……。
 必要であったから、そういう立場をとらなければならなかっただけで、能力的、精神的には彼らは子どものままなのですよね。
 今回の件でなにかを得たという証を立ててはいられてないっちう。


 ただの日常を切り取った……とまで言うほどには平凡ではないにしても、かといってドラマティックであったかと言えば、うーん……となってしまうのですよねぇ。



 んでも、そうした作品であったとしても、読後感はそこまで悪くはなかったのです。
 中学生の中学生然とした雰囲気と世界の中できちんと物語がまとめられていたので。

 これから大きな物語が始まるような予感は抱けなかったとしても、中学生のある一部分のリアルを丁寧に描いた作品でありました。
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