本やアニメの感想と、日々のつれづれなることを~。
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 小学校や幼稚園や保育園あたりの時期での教育で
 「気付いた人がやりましょう」
 って警句?を聞いたことはありませんか?

 必要のないところに灯りがついていたことに「気付いたら」消灯しましょう。
 歩いていてゴミが落ちていることに「気付いたら」拾ってゴミ箱へ捨てましょう。
 ――そんなことです。

 うん、まぁ、それは正しいことなんでしょうけれども。

 でもさぁ、それって裏を取れば
 「気付かなければやらなくてもいいです」
 って教えになりませんか?ってことで。

 いや、そう受け取るのは性格が曲がっているからだ!と言われてしまえばそれまでですけれども。
 んでも現代における「無関心」のルーツって、この教えが一端を担っているような気がしたのです。

 隣人の異常に「気付かなければ」なにもしなくていいです。
 それが違法だと「気付かなければ」犯罪にはなりません。


 んーと、ね。
 これを教育だと、教えだと言うのであれば、わたしはこう言いたいのです。
 「気付いた人をほめてあげましょう」
 実行しなければ価値が無いとしてしまってはハードルが高くなってしまうような気がするので、そこは気付いただけでも十分です。

 世の中をもっとステキにできることに気付いた人を、きちんと褒めてあげるという思いやりの心を持たせることこそが教育なのではないかなぁ。
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 「日本神話」+「SF」というモチーフで、神様と人間(ほか生きとし生けるもの)が共存している背景……まではわかったのですけれど。

 この時代、人類が銀河の片隅でひっそりと暮らしていたのは過去のもので、いまや宇宙を駆けめぐる宇宙市民の一員となっている次第。
 地球外の知的生命体に遭遇している事実はもちろんのこと、しゃべるネコだって登場してスペースワイドにコスモポリタニズムが展開されているわけですがー。
 そうして多種多様な知的生命体が存在しているなかで「神様」という存在について『「日本神話」に立脚する存在』という以上の説明がなされていないのが不思議で……。


 そもそも「日本神話」という部分についても、物語の枠外から眺めている読み手のわたしには理解できるところであって作中での位置付けが証明されているワケではないハズだと思うのですがー。

 冒頭で語られる、旅立つ戦艦を見送る神様と退役軍人の図、は興味深く思えたのですけれど、それ以後もどこまでも雰囲気優先で進められてしまうことには疑問を抱いてしまったかなー。



 そのほか、宇宙にはクジラなる未知の存在がいて奔放に泳ぐ彼らが宇宙を航行する人類に障害を及ぼしている……とか、面白そうなガジェットを組み込んではいるのですけれど、んー……いろいろと足りていない気が。

 これが1巻ということなので次巻以降にゆだねられている部分が多分にあるとはわかっていても、少なくとも今作だけでまとめられる、まとめる必要がある部分についてきちんとされているような印象は受けなかったのです。




 いいね、いいね~。
 ひとときも落ち着くことのない、賑やか続きの学園探偵ライフ!(笑)

 前作「卒業式編」で表された謎めいた部分が、展開が進むにつれて意味と重みが浮かび上がってくるという。
 「爽快なフィナーレまで一気呵成に突き進む」とのコピーに偽り無しですわ~♪


 個々の小話におけるトリックは極めてベーシックなものばかりだと思うのです。
 だもので一見すると易しいミステリかと思ってしまうトコロなのですけれど、やぱし本質を知るには「卒業式編」と併せないとダメですよね~。

 続けてみると前作と今作で「起承転結」がきっちり成されている感が。
 全体のくくりでみた「謎」は前作でしっかりと提示が済んでいて、それでいながら今作では新キャラ登場して伊神さんも居ないという急変事態からのスタートで、まさに「転」。
 さらに全てが明らかになって物語が集束していく後半は、「結」としての形が見事に表されているっちう。

 前後編として著しているのではなく「卒業式編」と「新学期編」。
 前後編となっていると後編が明らかになるまで作品としての体が成されない印象を受けるのですけれど、今作においてはそれぞれが独立して作品として独り立ちしているのですよね~。
 しかし併せてみたときはより大きな物語が形作られていることに気付くわけで……。
 アイディア賞的なトコロもあるでしょうけれど、この構成力は評価されるべきだわ。



 新キャラの希ちゃんの登場によって柳瀬先輩の立場にも緊張感が(笑)。
 攻めているようでいて確かなところまでは踏み込まない先輩の態度は、ミノが言うところの「ウチの部長もグズグズしてるから……」というセリフに集約されるものでしょうねぇ……。

 まぁでもしかし。
 柳瀬先輩って部分的にはきちんと乙女しているオンナノコですしねぇ。
 そこまでストレートには表現できたりしないですか(^_^;)。
 それにまだなにか隠している部分もあるように感じられるので、読み手が受ける気持ちがそのまま当てはまるのかも微妙なトコロかもですしー。

 葉山くんの鈍感さも少し異常なくらいでコメディ過ぎるところがあるのですが。
 でも、そういう彼でなければ柳瀬先輩の気持ちもある程度まで表面化しないといけなかったでしょう。

 物語から要請される部分があるにしても、キャラ造形がきわめて理にかなっているのだなぁ……と思わされます。



 卒業しても伊神さんは気軽に登場してきてますし、シリーズとしてはまず安泰でしょう(笑)。
 希ちゃんが代わってその役を担うかもですしー。
 あとは葉山くんがオトコを上げる展開が――(^_^;)。
 今後が楽しみなシリーズです。
 新宿はコニカミノルタプラザで開催されていた武井伸吾写真展「星の降る場所」へ行ってみたり。
 電車の中でiPhoneで産経新聞を読んでいたら記事が目に留まったのですよ~。
 「星空のある風景写真」=「星景写真」ってコピられてて、それがもうハートにストライクでした(笑)。

 展示点数はそれほど多くは無かったですけれど、どの写真も幻想的でステキで!
 どの作品どの作品も、静かに物語が紡がれているカンジで!!!(≧▽≦)
 なかでもわたしは「星空の道標」(だったかな?)ってタイトルされていた作品が好きに!
 荒涼とした大地に立つ道標と天に広がる星空。
 SFチックかつフロンティアスピリッツをかき立てられる作品に思えたのですよ~!!

 あとねあとね。
 上記サイトで2枚目に紹介されている雪原に立つ樹を写した作品。
 これと同じ場所で撮影された作品がもう一枚あったのですが、こちらも良かったのです~。
 なんちうか、キュンときたわ(笑)。
 切ないっていうか、嬉しさと寂しさに襲われてひとりで居ることに不安になってしまうような。
 誰かに気持ちを伝えたくなる、伝えなきゃって思ってしまう不安、かな。
 ひとりで抱えるには難しい気持ちがわきあがってきたという。

 その作品と会場入ってすぐ左に展示されていた1枚目の作品(これも良かった!)、そしてサイトで4枚目に紹介されている2本の樹々を写した作品のポストカードを買ってみました。
 ホントはかなり興奮したので写真集を買っても良いかも~……とまで思ったのですけれど、道標の作品は収録されていないようなので残念ですけれど見送った次第。
 ポストカードも無かったので新作なんでしょうねぇ……(T▽T)。


 ポストカードを購入したところ受付のお姉さんから「こちらサインをいただけますけれどいかがですか?」と言われて驚き。
 え? 本人さまが来ていたの~!?
 せっかくなので厚かましいながらもサインをいただいてきました♪

 自分、こーゆーときに「あれがこうでこれがああで云々」って気持ちを伝えたいあまりに語っちゃう傾向があるのでセーブ、セーブを心がけました(笑)。
 でも先述の2本の樹々の作品について、もしかしたらダブルミーニングなのかもって思っていたのでその件は尋ねてみたら実際そういう意味も兼ねてるとのことで正解だとか。
 どんなダブルミーニングなのかは、展示タイトルと写っている星空がヒントです(^_^)。

 あ、道標の作品については次の展示会では是非ポストカード化してくださいってお願いしてきました(笑)。


 今月末までの開催なので、新宿へお立ちよりされる際にはいかがでしょうか~。
 今週末はサンクリだったのですが、諸事情により参加を断念。
 んー、もちっと生活にゆとりを持ちたいですなぁ……。

 んがしかし!
 それでもちゃっかり ナマステ・インディア2009 へは参加してきたりして!(≧△≦)
 日本最大級とうたわれるインドフェスは外せないでしょうって!!!

 ……ゴメンナサイ、ウソです。
 ぶっちゃけ、現地へ着くまでなんのイベントだったか忘れてました(笑)。
 「たしか代々木公園でイベントやっていたっけ~」くらいの気持ちで足を運んだという!(><)

 近づくにつれて漂ってくるスパイシーな香り。
 これは、もしかして、まさか……と早くなる足。
 着いて初めてナマステインディアだったと知り驚喜!(笑)
 カレーを食べられると知って喜ばない日本人がいるでしょうか!!?(≧▽≦)


 昼食抜きでお昼過ぎに出かけたモノですから、もうお腹が減っていて。
 そこでスパイスの香りでしょう?
 たまらず食べ始めましたよ!(≧ω≦)
 ナンが美味しいったら!

 フルーツの甘味が漂う優しいルーや、香ばしく辛味も効いているのに後味はスッキリしているルーなどそれぞれのお店で違ってますなぁ。
 こういう食べ比べをできるところがフェスの醍醐味ですよね!

 わたしの食べ方ですとルーより先にナンが無くなってしまうのですけれど、今回のフェスでは「ナンのみ」という販売をしているトコロもあったのでおかわりなども(笑)。
 いくらでも食べられそうでしたが、ほかのメニューも食べたいので苦渋の気持ちでセーブしましたよ。
 もちもち&カリカリなナンは美味しすぎます!


 カレーを食べて少し落ち着いたら、次はタンドリーチキンでしょう。
 はい、ここでも食べ比べです(笑)。
 カレーと違って値段が300~500円の幅が見られるのがタンドリーチキンの特徴ですか。
 んが、しかぁし!
 ここでチェックするのは値段ばかりではありません。
 やはり焼きたてを出してくれるかどうかがポイントです。
 じつは作り置いていた冷えたチキンを打ってきたとこがあったのデスヨ……。
 大きめのブースで出店していたので効率よく客さばきをしていましたけれど、こういうやりかたはいただけないなぁ……。


 ところで。
 ここまでわたしにしては珍しくアルコール抜きだったのでけれどー(笑)。
 しかしタンドリーチキンを食してからは、やぱしどうにもビールが欲しくなってキングフィッシャーを。
 チキン! ビール! ウマー!(≧▽≦ノシ

 今年はビールも数種あったようで。
 飲み口がライトなやつとか反対にストロングなやつとか。
 インドでもビール嗜好の広がりがやってきたのかしらん?


 会場の中央にはテントが立てられ、中で着席して飲食できるようにしてあるのが代々木公園で催されるフェスの定番なのですが。
 今回はテーブルとイスは用意されているもののテントが無くてよりオープンなカンジに。
 テーブル同士の位置も若干余裕をもって配置されて、あいだを縫って歩くことも可能になっていてこれがまた便利かなーと。

 またオープンになっているぶん、長時間テーブルやイスを占領する人もあまり目立たなかったような気がします。
 あいだを人が通り抜けますし、流動性が上がったのではないかなーと。
 ……ルールではないのでしょうけれど、この手のイベントでは食事を終えたら次の人へ席を譲っていくくらいの気遣いがほしいなぁ、と思います。


 ビールのほかにもワインとかラムとかもサービス価格だったので今年も飲んでみたり!
 食べ物は美味しい、お酒も美味しい。
 インドってステキですね~(笑)。


 ガネーシャ神の隣にいた牛?の像
 いまさらようやく真理絵さんのワークスベスト『Jump Up!』を聞いたりして。
 発売日に届いていたのですけれど、なかなか聞く時間を作れなくて~。

 全体としてはあちこちでお仕事されていたぶんを収録されていてレーベルの偏りが無いですね。
 おかげでコンポーザーも多岐に渡っていて、楽曲のバリエーションも広くなっているカンジ。
 まさに「ワークスベスト」って趣きであり、そんでもって真理絵さんの幅広い歌唱力を示すことになっている良作かな~。

 ん……?
 ちうか、これまでCDに収録されなかった曲が多めなのかな??
 こういう機会でないとCD化されないとか(笑)。

 1曲目が戸越まごめサンというのも掴みとしてキャッチーなカンジ。
 戸越さんなら大きく空振りはしませんものねぇ(^_^;)。

 全体にポップ調なところで中盤には『プリンセス小夜曲』の「Power of love」や『魔法少女マナ』の「When I'm with you」といった若干ロック寄りな曲が。
 これがまたちょいと緊張感を持たせて良いですね~。

 で、続いては『魔法少女マナ』のEDや『MOON CHILDe』のEDが入ってバラードへと変化。
 この構成は見事ですなぁ(´Д`)。

 そこから先はまたアップテンポでどんどん押していって、いよいよラス前は『Toyつめちゃいました』から「Honey」、ラストソングは『Clover Heart's』から「Clover Heart's」……と。
 これはもう真理絵さんファンなら誰もが納得でしょう!(笑)
 まさにGJ!(≧▽≦b


 真理絵さんを含めてスタッフ一同、みなさん良い仕事をされてるな~ってカンジられる作品です。
 これまで真理絵さんが辿ってきた軌跡を理解して、そしてそれを追ってきたファンの心も大切にされているな~って。
 いまの真理絵さんのLIVEで主に歌われる曲とかでは無いのですけれど、ひとつの集大成として記念碑的作品であります。


 『アスラクライン』のカバーが全巻一新されるそうなんですけれども。
 そういうことは完結したあとでなにかのきっかけで(映画化とか)ブーム再燃するようなとき(再燃するよう仕掛けるとき)にやってほしいわ……。
 これまでの読者はどーするのよ。

 ああ、棚に収まっていれば背表紙しか見えないから関係ないって話ですか?
 あははははは……。

 しかも全巻、操と奏ですか。
 おまけにポーズも似通ったものばかり(4巻と10巻と12巻なんてもう……)。
 ふたり以外のキャラも描けば雰囲気だけでも変化付けられて違ったモノになったでしょうに。
 「イラストレーターの和狸ナオさんに多大なご協力をいただきました。」
 って言ってますけど、その協力とやらも無駄に費やしてしまっているような……。

 「アニメ二期開始に合わせて」云々の発言もありますけれど、見方を変えるとアニメの都合によって原作は左右されるってこと、でしょう?
 そりゃま『ハルヒ』の例を出さずとも、アニメ化することで販売チャンスも販売層も大きく広がる恩恵を受けるわけですから一方的に「左右される」と言うのも厚顔かもですけれど。
 んでも今回のタイミングでのリニューアルは、そういった互恵関係にあるものではなく、むしろアニメとか原作とかの枠を超えて、もっと上層のビジネス判断が臭ってくるために納得できないのかも……。


 正直、このリニューアルを推し進めたセンスを疑う……。




 シリーズ第3巻となったのですけれどもー。
 んー……。
 僕僕先生と王弁の関係に新しい展開が無くて物足りなかったというのが正直なトコロ。
 物語は薄妃と新キャラの暗殺者 劉欣に大きく割かれているので展開だけでなくふたりの絡みも少なかったような……。

 薄妃と劉欣、それぞれのお話を通じては、人間の業とか徳のようなものを説いている感があって、前作までより「語る」部分を強く感じてしまったかも。
 人より話にウェイトがかかっているっちうかー。


 そんな流れでカンジたのは、物語をまとめにはいっているのかな?……ってことでした。
 薄妃の件は今作でひと段落したハズですし、劉欣の存在は王弁の今後へひとつの指針となっている……ような。
 僕僕先生との身分差を超えるにはどうしたらよいのか、の部分で。
 超えられないかもしれないし、超えられるかもしれないといった可能性を感じさせるトコロであるのですよねー。

 もっとも作品としては超えられようが超えられまいが、ふたりが共にあり続けることが大事であってどちらにでも転がっていけるのでしょうけれど(^_^;)。


 とはいえ劉欣のほかにも旅に帯同する新キャラは登場していますし、物語は続いていくような気配もあります。
 はてさて?




 理由や動機が存在していても、それが物語に追随していくか……っていうのは別の話ですよねぇ、と。
 あー、違うか。
 「呪術を使えば簡単だけどそれは人殺しのワザだから使いたくない」ってのが理由となってますけれど、なぜその考えに至ったのかまでを含めた背景がわからないのですよー。
 これは「人殺しのワザを使うのは倫理に反する」という一般常識を当て込んだ上での展開ではないかなーと。

 もちろんわたしは人殺しを肯定するわけではありません。
 んでも、その反対に肯定する人もいるでしょうし、みなが人殺しのワザを否定するかと言えば絶対とは言い切れないっちうか。
 それって人それぞれだよなぁ……と。

 世の中には、他の誰かを殺してでも叶えたいことというのが「もしかしたら」あるのかもしれませんし。

 だもので「人殺しのワザ」を否定するだけの背景が主人公の鏡花には欲しかったと思うのです。
 てか、それがキャラクター性ってもんじゃ……。


 相棒の康祐の行動原理はお金ですし、このふたりがどうしてここまでつながっているのかわからなかったデス……。



 「コンゲームものをやりたくて作りました」とあとがきにあるのですけれどー。
 そういう言い方をすると先行する物語にキャラクターを当て込んだ感がますます強まって……。

 どちらにしてもキャラクターが「小道具」のようにいいように扱われていた感はいなめないかなぁ……。




 家族に緊急事態が発生して初めて自分がうぬぼれていたことに気付いたフリーターが、そこから家族のために一念発起して立派な社会人を目指すお話。

 社会の既定路線からいちど外れてしまった人間が再起を図るには、日本社会はいかに難しいのかという……話だけじゃないわなぁ(^_^;)。
 もちろん社会のシステムがそうであるという面は否定できませんけれど、しかし問題の根底は増長し肥大した自尊心と周囲の気配を察しない鈍感さという個人に帰結していると思うので。
 それはもう愚鈍って「悪」なんじゃないかって言っていいくらいかも。


 だけれども、そうした愚かな部分が満載である主人公だったからこそ、底辺からの這い上がりが物語になるワケで。
 わたし自身も「自尊心と愚鈍さ」を併せ持つ人間なだけにグサグサときたわー。
 それでも主人公である誠次は這い上がっていったのですよねぇ……。

 これは……自分との差を考えてしまうと、ちょっとツライお話だったかなぁ(T▽T)。
 当初は親近感を覚える方向で気恥ずかしい主人公なのですけれど、その後の展開では自分には追いつけない速さで成長していく姿を見せつけられる気まずさで見ていられないカンジっちうかー、ちうかーっ!!!

 生まれが違うヒーローなら憧れの対象になり得るのですけれど。
 こうまでスタート位置に差が無いと、憧れを通り越しちゃって眩しくて見ていられませんよ……(TДT)。


 まぁ、有川センセはべつにお説教じみた目的で今作を上梓されたワケではないでしょうけれど。
 でもフィクションとして生き方の可能性をひとつ示されてしまうと、どうにも我が身を振り返らざるを得ないのですよねー。
 いや、もう、こんなことを言っている時点で立ち止まっちゃっている感が全開なのですけれど!

 わかってるんよ? わかってるんよ!!!(><)



 そんな次第で彼の生き方に考えるところが大きかったので、中盤以降の正社員へクラスチェンジした話や仕事で活躍していく話は、なんとなーくオマケ感を覚えてしまったのでした。
 そこで仕掛けられた展開の妙とか、飛躍するための着想などは有川センセらしい視点のモノで楽しいとは感じてましたけど!


 嫌味な言い方をすれば「フリーター状態では家を変えていない」のですからタイトルに偽りあとも言えるワケで(これは重箱のスミだとわかってますけどー)。


 ダメだった自分を脱してからの、いわゆる成功譚ってさぁ……なんか、こう、遠い人に感じてしまって(苦笑)。
 「へー、そうなんですか。すごいですねー」って考えてしまったところが無かったとは言わないですよ! ええ!
 ……どんだけ卑屈なんだ自分(T▽T)。



 そして有川センセといえばベタ甘ラブですが(笑)。
 ラブ分もねぇ……。
 有川センセにしては濃度低いですし、そういう点からもちょっと……なカンジだったかも。
 日経新聞の書評で「恋愛要素も面白い」みたいな書き方をされていて、有川センセはそっちが主題だろ!とか思ったのですけれど今作においてはスパイス程度の味付けしかされていなかったワケですしー。
 いつもの通りを期待していたら、少し物足りなかったっちう(^_^;)。


 良い作品ですし面白いと思いましたけれど、好きになるには難しい作品でした。
 読み手個人が置かれている環境に感想が左右されそうな作品だと思います(^_^;)。
 あまりに慌ただしいと、頭の中ではじつは別のことを考えていたりして。
 作業の合間に『ピクシー・ワークス』の構造を考えてみたのですよー。
 あれって王子さまがお姫様を助け出すお話……ですよね?
 王子さま→芹香たち お姫様→ヴァルティ って構図で。


 ヒロインがヴァルティなら、後半で奈緒子や千鶴が舞台袖に下がったのも納得できる話だという。
 3人の王子がいて、姫と結ばれるのはやぱし1人ですもんねぇ。

 ……由衣は王子さまじゃなくて騒がしい魔法遣いってポジションかな(笑)。

 もし問題となることがあるなら、この「王子×姫」の構図で今後の展開を続けられるのか……ってトコロかなーと。
 この構造でできることは今回きっちりと使ってしまっていると思うので。



 物語を分類するやりかたって人それぞれで幾つもあると思うのですが。
 わたしが考えるひとつに──
 「ヒロインが主人公の気持ちを変化させる」タイプ
 「主人公がヒロインの環境を変化させる」タイプ
 ──のふた通りの区分があるのですよ。
 んで、わたしの好みはどちらかといえば後者で、今作は間違いなくそれなんですよねー。

 全てを諦めていたお姫様のもとへ王子様がやってきて、自分の生き方を自分で決めさせるという物語。


 一人称、三人称と文体とは関係なく、読み手は「視点」という手段を通して物語に関与すると思うのです。
 で、その視点の大きな部分を担っている「主人公」が変化する様というのが、ときにわたしには納得できないことがあるのですよねー。
 そこは読み手の「わたし」にも関与する部分であるので不変不動であってほしいってカンジで。
 主人公の意識が変化するということは、視点となる基準も別の色となっていくということでもあるので。

 まぁ、こういう見方も全てにおいてではないですしー。
 むしろこの考え方はゲーム作品においてわたしは求めてしまうところかも。
 ……うん。小説媒体ではビルドゥングスロマンってありますし、成長することは変化のひとつでしょうからアリですね。
 ヒロインとの関係性で区分するのはゲームにおいて図られることなのかも。


 てぇことは、ですよ?
 実は『ピクシー・ワークス』って、この視点を適用できるという点でゲーム的作品……とも言えたりしますか?しませんか?(笑)
 そういう非文学的娯楽性?が受賞を逃した要因なのかなー……とも考えたりします。
 うーひー。
 バタバタしちゃって、なんかもー(T△T)。

 しばらくはこんなカンジで停滞します。
 へあ~……。



 先週末はALBATROSICKSの3rd LIVE "ライド・オン・ザ☆マンボウ - 3rd voyage -"へ行ってきたわけで。
 いやー、たのしかった~!
 そりゃプロのアーティストと比べての完成度の低さは隠すところができないと思いましたけど、ご本人たち御自身の手でコントロールしている、作り上げているっていう帰属感みたいなモノが十分にあったかなー。

 それと客席との一体感?
 同人音楽生まれのアーティストと、同人音楽を愛するオーディエンス……って共同意識がさせるのかもですけど。
 作り上げているのはALBAの面々だけではなかったという!
 「聖樹」のときの白色サイリウムで会場を染め上げたのはすごかった!
 そーゆー仕掛けをする場面に遭遇したことはあるのですけれど、ここまで一色に染め上がったのを見たのは初めてかもです。


 ステージに現れないメンバーとプロジェクターで投影したTwitterで対話するという企画も興味深かったです。
 YOUNOさんはCGで登場してましたけど(笑)、声はボカロ?
 2機のプロジェクターが場内見やすい位置に設置されているCube 326だからこそできた仕掛けとも思いますけど、新しい手法、新しいツール、新しいコミュニケーションを積極的に取り組んでいくのもアマチュアの強みだなぁ……と。


 夏コミで4枚目のアルバムを出したあとのライブなので4枚目中心かと思いきや、意外なくらいに1~4枚の中でまんべんなく集めたセトリでしたね~。
 しかしどの曲もコールが楽しくって!(≧▽≦)
 期待の「残念ミラクルアンセム!」はECでした。
 考えていたとおり、コールが楽しかったわ~♪
 うんたん、うんたん♪(´Д`)


 最後に「チルノのパーフェクトさんすう教室」を持ってきて、東方で大活躍している絡みも示してくるあたり、遊んでいるな~ってカンジ(笑)。
 客席側もわかっている様子でしたしね~。

 激しい曲っていってもそれなりでしたし、1曲ごとにMC入っていましたから体力的には楽でした。
 ステージの上の方々はそりゃもう大車輪で大変なご様子でしたけどー(^_^;)。
 とても楽しめたライブでした。
 うん、また参加したいな~。



 で。
 週末はこのライブで終わってしまったワケで。
 スリランカフェスティバル、行けなかったわー(T△T)。
 今週末のベトナムフェスティバルには行きたいけど……行けたらいいなって状況かなぁ。




 うっはー! 気持ちイー!!!(≧▽≦)
 なんですか、この突き抜け感は!

 およそ高校生とは思えない技術と知識をもったオンナノコたちが忘れられていた遺物と出会い、再びあるべき場所へとそれを送り返すために奮闘するお話。

 その遺物っていうのが先の戦争に生み出された無人戦闘機!
 てことは戦闘機があるべき場所ってのは当然、大空!
 遵法精神なんて知ったことかとばかりに、オンナノコたちはマッドサイエンティストさながら自分たちにできることの全てを行使して戦闘機を空へと還すのです!


 サイエンティストっていうより工学系かな?
 だから正しくはマッドエンジニアリングなんでしょうけれど、しかし「オンナノコ×エンジニアリング」の魅力ったらないわ!
 描かれることが少ない組み合わせのせいか、もうそれだけで個性的。

 しか~も!
 そうした表面的設定のみならず、性格や気質などの内面的設定も各人個性的!
 快活で大胆な思考ながら気配りに長ける芹香、おっとりしたお嬢様風ながら譲れないことには異常に頑固でわがままになる奈緒子、何事にも真理を求める厳格さがありながらそれ故に裏表が無いためどうにも憎めない千鶴。
 マッドエンジニアリングの才能を持つのは彼女たち3人なのですけれど、さらに彼女たちのあいだに放り込まれて右往左往しながらも自分にできることを果たす真面目な由衣が加わることで、物語が賑やかに駆け抜けていくのですよ~。


 あ、忘れちゃいけません。
 遺されて死を待つだけだった戦闘機「ヴァルトローテ」の存在を。
 この物語は世界の可能性を信じるオンナノコたちと希望を持ち続けた人工知能との交流のお話でもあるのです!
 ヒトではない知性との交流譚!
 もう、大好物がいっぱいすぎるわ!(≧▽≦)


 いろいろと事情が重なってヴァルトローテを空へと還すミッションが夏休みの期間内に収まったのもGOODですねぇ。
 「ひと夏の物語」としての側面もノスタルジィをあおってきますし~。

 ミッションの行方、そして期間。
 どちらの要素でもカウントダウンが進んでいって、物語を加速させていってるのですよね~。
 これは引き込まれる~(^-^)。



 ただし作品としての完成度が高いとは簡単には言えないと思うのです。
 上記のオンナノコたちを冒頭部分で紹介していくくだりはどうにも複雑な気がしますし、同様の描写や表現を繰り返し用いているところもあります。
 なんていうか、語彙が多いかたでは無いのかな~って印象が。

 で、も!
 そんな瑕疵に感じるところを補ってあまりある展開構成の妙ですよ!
 語彙なんてものはあとから増やせば良いだけですし、重複する表現も注意して修正していけば良いのです(だから編集さんがんばってと言いたいのですが……現在のポジションでは無理かなぁ)。

 例えるなら。
 冷蔵庫の中に食材がたくさん入っているからって美味しい料理ができるとは限らないわけで。
 冷蔵庫の中に入っている食材だけで美味しい料理を作ることこそ、料理人の腕の見せ所ってもんでしょう!



 こういった工学系、あるいはミリタリ系の作品って、たま~に登場してきますよね電撃文庫は。
 でも主立った賞はとってきていないので、審査員には受けが悪いんでしょうねぇ……。
 学園異能だか現代風ファンタジーが跋扈するなかで、やはりかなり異色で個性的だとは思うんですけれどもー。
 もう存在だけで価値があるっちうか。

 んでもこうして拾われてくる、たまに刊行されるってことは、「売りたい」って考えている人が編集サイドでいらっしゃるんでしょうね~。
 がんばって~♪(笑)


 まぁ、それでも今作に限って言うなら、受賞できなかったというのもわからないではないなぁ……という部分はあります。
 先述した語彙の部分ではなく、構成の部分で。

 結局、この物語はオンナノコたちの持てる才能でどんどんと突き進んでいって、ピンチたるピンチに遭わないままに完結してしまうのですよ。
 それは若い世代へ向けたライトノベルの方向性としては合わないのではないかと。
 法を横目に己の才覚だけで世界を切り開く……なんて、ピカレスクロマン過ぎるのではないかと(笑)。

 加えて、唯一と思えるクライマックスでの窮地においては、イヤーボーンとは言わないまでもデウスエクスマキナの登場?で回避してしまうのですから、少なからず強引との印象を受けました。


 んでも成長譚ではなく交流譚、しかも痛快娯楽小説だと思えば作品としての形は十分に整えられていると思います。
 オンナノコたちのかしましい様子や、人工知能との意思疎通、エンジニア方面への深い造詣、さらには息詰まる空戦のダイナミズムたるや!(><)

 バンビあたりでアニメ化してくれないかしらかしら。
 ほら、「雪風」つながりで(笑)。

 目立つほどではないのですけれど、既存作品のパロディやらオマージュやらを所々に持ってきています。
 こーゆーの嫌いな人も居るかもですけれど、今作では直接的に記すことはしていませんし、「戦前の文化」というニュアンスで用いているので時代の隔たりを示唆することにもひと役かっているかと。
 わたしは良いスパイスだと思いましたよ、うん。



 イラスト、バーニア600センセも良い仕事してます!
 若干ディフォルメかかったスタイルですけど、バランスは取られてますしむしろ身体美の魅力を強調している方向かな?
 人物のみならず小物アイテムから大物の戦闘機まで描ける技術の高さをうかがえますし、このかたであったからこそ今作もここまでの輝きを持ったのだと思います。

 こう、オンナノコが集まった作品ですと「誰が好き?」話に花咲くとは思うのですがー。
 今作を考えると……く、苦しい。
 みんな魅力的なんだもん!(ワーイ)

 ……あ、あえて平均的バディの千鶴と言ってみる(^_^;)。



 これまでの状況を鑑みるに、落選組からの浮上は大変難しいと言わざるを得ないでしょう。
 でも、このまま埋もれさすには惜しいと叫びたく!
 いちおう続編の展開も可能な結び方をしていますけれど、いや、もう『ピクシー・ワークス』でなくても良いです!
 南井センセの次の作品を拝めるのでしたら、ホントに!(≧△≦)

 お願いしますよ、電撃編集部のかたがた……マジで(T▽T)。




 なんていうのかな……。
 すごく素直な気持ちで書かれたんじゃないかなって気がします。
 ひとつの作品を作り上げるために全力を傾けている一心さというか。

 シンプルなんですよね、お話自体。
 男の子が勇気を振り絞って、傷ついた女の子を救い出す物語。
 しかもベースガジェットがタイムループものって、そりゃもう手垢が付くほどに使い込まれたガジェットじゃないですか!
 それでいながら退屈することなく読み進められていったのは、おそらく描くことへの強い想いがここにつまっていたからじゃないかなぁ……と思うのです。
 次どうするかとか考えて無くて、今作だけを至高の作品とするべく。


 実は読み始めてすぐに「ああ……(苦笑)」とか思ってしまったのですよー。
 なにしろタイムループものでしょう?
 さらには「人生でゲームのようにSAVEとLOADができたら」なんて設定、もう新鮮味なんてどこにも見あたらないじゃないですか。
 そんな倦怠感は先へと進むごとに振り払われていって、なにかに引かれるように気持ちも加速していったのです。


 幼馴染みに起こった悲劇を食い止めるために時間を繰り返す主人公。
 やり直しができる人生で、これまではなんでも思うように生きてきて、それゆえに退屈も感じていた主人公。
 そんな彼が、なんということか彼女の悲劇を救うことができないという事実にぶちあたって。
 何度も何度も時間をさかのぼり、様々な方法を手段を試してみるのに上手くいかず、募る焦燥感。
 全能の神を気取ってみても、所詮は女の子ひとりすら救えないちっぽけな存在だと気付かされる絶望。

 しかし!
 しかしですよ!
 諦めない! 諦めないのですよ、彼は!!!

 絶望の縁どころか絶望そのものに覆い尽くされそうになっても諦めはしなかった。
 不可能でないなら、それがどんなに小さな希望であろうと意味はある、価値はある。
 そう決断して実行する彼はオトコノコだわ~。


 そしてこの大逆転劇を演じるための手段というのがキモですよね~。
 いかに使い古されたガジェットといっても、「ココだけは!」という部分さえしっかりと組み入れれば、それはベタではなく王道の物語へ進化するという。
 まさに鮎川センセのオリジナリティの力、見せてもらいました。

 さらにはこのキモがきちんと某かとトレードオフを果たしている点も見事。
 それが少なくない悲しさと切なさを呼び起こすのですけれど、それでいながら彼は選び取るのですよね~。
 人生を退屈していた彼が、その意味を知る瞬間ですよ。
 ハッキリとは表現されていなくても、この選択ひとつで彼の成長を読み取ることができると思うのです。


 正直に言えばキャラの扱いについては不満な部分もあるのです。
 でもそれは嗜好の違いだとわかりますし、なにより主人公の行動に間違ったところは無いので納得できるのです。
 なんて綺麗な物語の形なんだろうって思ってしまいましたよ!(≧△≦)



 読み終えてからあらためて表紙を見れば、なんて示唆的なんだろうかって気付かされます。
 構図とか絵柄とか、昨今のライトノベル業界の方向性からすると目を引かないデザインだと思うのですけれど、作品との親和性はハンパ無いです。
 まさに「この物語に、このイラストあり」と納得ですもん。

 白背景にキャラひとりをポンと置いただけのレーベルが多い中で、このデザインは一石を投じてるんじゃないかと。

 おまけにカラー口絵も挿絵も、それぞれが作中の展開と強い結びつきをもって描かれているように思うー。
 単に見栄えが良いシーンとして描かれているんじゃなくて、その絵があって更に物語が深まっていくカンジで。



 やー、ちょっと、これは次作を楽しみにしてしまうわー。
 ガガガ、おそるべし(笑)。
 なんでしょう。
 昨日あんなことを書いたからか――
 岡田監督、亀裂阻止!俊輔・本田対立報道に待った
 なんて記事が(笑)。

 まあ、マスコミとしては対立関係があったほうが記事を面白可笑しく書けるのでしょう。
 (そういう意味ではこっちの記事のほうが正確性を保っているかも)


 でも、このタイミングでこういうコメントを監督から出されると、安心するより不安が増してしまうような気も。
 信憑性が高まってしまうっちうか……(^_^;)。

 事実、今日のvsガーナ戦。
 本田選手は今回も後半途中交代でピッチに立ちましたが、彼が入ってからの15分間はまったく右サイドからの攻撃が無かったのはどういうことなんでしょうか、ねー!
 本田選手がどれだけフリーでも、左の長友選手がどれだけマークされていても、あくまで左サイドからの勝負にこだわる日本代表。
 こうまでハブられてるとは思わなかったです……(T▽T)。


 15分で本田選手無視が収まった理由も、そこで興梠選手が交代で入ってきて本田選手も中央よりでプレーするようになったことから、システムの変更で無視できなくなったのではないかと思われ。

 もっとも、その徹底した左サイドからの攻撃で怒濤の逆転劇を演じたのですから、結果が全てだよなぁ……とも。


 結論からすると、いまの日本代表に本田選手は要らないと思う次第。
 必要とされていないってことは、要らないってことでしょ?

 そしてもしかしたら中村選手も要らないのかもとか思ったー。
 少なくとも今日に限って言うなら、中村選手がOUTしてからのほうが展開良かったですもん。

 もうひとりの中村である中村憲剛選手もなぁ……というのがわたしの印象。
 決めもしますけれど、逆に決定機での凡ミスが少なくないですし(決定機を得るというポジショニングセンスはすごいと思います)、接触プレーが多い印象が(倒れ込んで試合の流れを止めやすい)。


 んで、今日のガーナ戦の感想なのですがー。

 中村憲剛選手が決定機を決めきれなかったせいで苦戦したと思えることがひとつと、失点のほとんどはDF陣がガーナを甘く見ていたせいだからではないかと。
 どうしてあんなに高くCBのふたりが位置取りしていたのか。
 防御より攻めですか?

 さらに3点目の失点は、相手の出方を待って1点目を失ったことを反省したGK都築選手が、今度は飛び出してみたら見事にかわされたという形。
 もう、見事すぎて笑えなかったわー。
 ちなみに1点目も3点目もCB陣に反省っちうか修正は見られませんでしたか。
 身体能力で抜かれたことになんの対応もしてこないCBなんて不要じゃないの?


 もちろん攻撃陣にも不満は感じていて、試合前岡田監督は
 「ボールをシンプルに動かすことも大事だが、目的はあくまで点を取ることだ。(得点するための)手段が目的になってはいけない」
 と、仰ったそうですが、結局得点したのはそのシンプルにボールを回したときだったのでした。
 それ以外のときのペナルティエリアの外で横パスを繋いでいく様にはイライラしたわ!(`Д´)
 あんなことをしていたんじゃあ、そりゃオランダから「脅威ではなかった」とか言われても当然。


 勝てて良かったのか、正直わからなくなります。
 この結果を受けて現状を肯定するような意見があふれるようでは危ういのではないかと危惧してしまうのです。




 うーん……。
 正直、ワクワク感とかドキドキ感が湧いてこなかったかなぁ……。

 これだけキャラがたくさん同時に登場している中で語尾口調だけで存在感を示すというのは不足過ぎるし、「護衛」とか「シスター」とか立場を表す語句で飾ってもしかし実はそれが表しているのは決して職分を示す立場ではないという。
 有り体に言えば「『護衛』と呼ぶのだから『護衛』」「『シスター』と呼ぶのだから『シスター』」って程度に思えてきたという。


 キャラが多く登場しているというのは視点もそれぞれに持っているということにもつながってきて。

 例えば林センセの『おりがみ』や『マスラヲ』でもそうした幾つもの視点で表すというのは行われてきたのですけれど、それにしたって視点から見える先の世界で対立項があって物語がそれぞれに描かれていたように思うのです。
 それぞれの視点にひとつひとつの小さな物語があって、それを多層化していくことでより大きな物語となっていくっちうか。
 それが今回は、単に同軸での事象の違いでしか無いような。

 また、視点の切り替わりの頻度が上がっていくのはシリーズ終盤に入る頃入った頃に顕著であって、それはクライマックスでオールスター勢揃いというような盛り上がりを見せることにもつながっていたと思うのです。
 んでも、いまはまだ『ミスマルカ』はそうした展開に入ってはいませんし、むしろこれからというトコロ。
 この時点でのこの描き方というのは……どうにも物語上で必要な情報が整理されていないような印象を受けます。


 マヒロ王子の死望主義は自虐を通りこして自棄すらカンジさせますし、厭戦主義も口八丁で丸め込める策も今回は不発だった印象(物語上は成功していても、作品としてはどうなの?という点で)。
 パワーインフレなんて、それこそいまさらですしねぇ、もはや……。


 物語の軸として「アイテム探しのロードムービー」が避けられないのだとしても。
 なにか整理する時期にあるのではないかと思うのです。



 ところで。
 今回、コンピューターっちうか半導体についての言及が目立ったように思うのですが。
 リビルドできたコンピューターからウィル子が甦って云々……って伏線じゃぁないですよねぇ?(^_^;)

 あと伊織の名を引く彼が気になります(笑)。
 誰の子なんだろう……。
 彼が攻撃ばかりに注視してディフェンスへの貢献をまったくしないと非難する人を見かけるのですがー。
 てか、本田選手への批判のほとんどはそれですか。
 でもそれって言う相手を間違えてるよなー、言っても詮無きことだよなーって思うのですけれども。

 彼がそういうスタイルで貫いているのは周知の事実で、今更それを「鬼の首を取ったように」それみたことかと騒ぐのはむしろサポとして恥ずかしくないかなぁ……。
 彼は常にそういうスタイルでいて、それでいながらシステムに馴染まないのであれば、それはチームへ招集した監督側に問題があるのでは?


 代表に「呼んでやった」のだから自身の個性にこだわらずに大人しくなるとでも思ったのでしょうかコーチ陣は。
 で、仮にそうならなかった場合(現状がまさにそう!)にも非難の矛先は選手当人に向かうから(現状がまさにそう!)、当たれば儲けモノ程度で招集したのではないかと穿ってしまうわー。

 こんな日本代表、正しく選手を評価しているようには現状では思えません。


 で、やっかいなのが、伝え聞く限りのチームの雰囲気では、チームに求められる選手になるための変化は本田選手自身で考えつくべきと考えられているようだということで、チームが求めているのはどういうプレーなのか、あまり本田選手へアプローチしていないように受け取れるというトコロです。
 コーチは当然ながら、一緒にプレーする選手間でさえも!

 ここでもまた「和をもって」云々を尊ぶ日本人は、ひとりで和を乱す本田選手サイドに悪い印象を抱いてしまっているのです。
 「和」ってのは、みんなでつくるものでしょう?
 多数派の主張だけが通るような集団意識は、絶対に「和」とは言えないと思うのです。

 これは「大人なんだから自分で考えろ」という類の話とは問題点が異なっているということを断っておきます。



 なーんかなぁ……。
 いまの日本代表、素直に全力で応援したいって思えるチームじゃないんですよねぇ……。
 W杯出場が決まっているから辛口になってるのなかぁ(^_^;)。




 ほほぅ……。
 「恵まれさん」という存在に祭り上げられた人に対して施しを行うと、それは死後の世界での裁きにおいて善行としてカウントされるという信仰があると。
 そんな「恵まれさん」に祭り上げられた女の子と、彼女の立場に興味を持った女の子の交流譚ってトコロかしら???

 民間信仰で童が神の遣いとして重用されることはままあって、そうした「この世にありながら異界の存在」に現世の平凡な童が友誼を結ぶってのも、なるほどなるほど~……って興味深いお話でした。


 もちろん「恵まれさん」と祭り上げられた少女に異能的な力が備わっているワケではないのですが、それは問題ではなくて存在するコト自体が神秘であり秘儀であり力なのですよね。
 で、疑り深い現世の童は、そこにカラクリがあると疑いかかって欺くように親しくなっていくのですけれど、しかしやがては自分もそちらへと取り込まれていくという。

 民俗学的にとても面白い背景を用意されていると感じました。
 今作を「不思議ちゃん系」とかでくくってしまうのはもったいないです。
 こう、きちんと分析していけば、比較文化論の末端に位置づけられるんじゃないのかしらかしら?(それは言い過ぎかなぁ(笑))


 で、そういう小難しいんだか超越しちゃっているんだか判別つきかねる部分はしかし実はベースの要素でしかなく、主題は女の子が女の子に興味を持ったというお話なんですよねー!(身も蓋もない)
 これを百合とか言うのは簡単なのですけれどー。
 んでも中里センセの恋愛観って、こういうスピリチュアルな部分だけが存在しているんじゃないかって思ったりするわ。

 そんなこと言ってても今作では肌を重ねちゃったりしてるんですけど!
 いや、それでもさぁ!(笑)



 「どうして空は青いの?」 とは子どもが大人に向かって尋ねる問いです。
 光の拡散だとか理論を唱えたところで、それは「知識」の披露でしかなく、質問者が求める答えではありえないというところがキモですね。
 「森の中に音は存在するのか」という命題と同様に、この問いも「空は『青い』のか?」と言えるワケで。

 生まれつき視力を持たない人にとって、はたして「空は『青い』」のでしょうか?
 わたしが思う「青」とアナタが思う「青」は同じなのでしょうか?
 うーん……。
 認知感とか実証とか定義論とか、このあたりの問いかけも意義深いっちう。



 異界を疑い、異界に取り込まれそうになった子どものお話。
 「恵まれさん」は彼方へ旅立ち、わたしは此方に踏みとどまったから、この物語を語ることができた。
 そういうお話なのかなー。

 この様子では次巻は難しそうとしか言えませんが(笑)、この二つの世界の結びつきがどうなっているのか読んでみたい気がします。
 9月の週末は、毎週お祭りがあるわよ~!
 ……って、まずはその皮切りに ブラジルフェスティバル2009 へ行ってきました!!
 やはりアジアなフェスティバルと比べて、参加されている人の系が違いますね~。
 ラテンな人が目立つっちう(笑)。

 小麦色の肌したけしからんぼでーのおねえさんを堪能してきたぜ……ウヘヘヘ。

 そのほかの違いっていえば、まぁ、とにかく陽気ってことでしょうか。
 屋台の前で呼び込みする人が元気にはしゃいでいる姿が印象的。
 しかも「叫ぶ」って方向での無秩序な騒がしさではなくて、声を張りながらもどことなくリズミカルに聞こえるっちう。
 こ、これがラテンの血というものか……(笑)。


 屋台はお肉系が目立っていたかな~ってカンジ。
 先週のよさこいにも出店していたシュラスコのお店がまたお店を出されていたので目を引きましたけれど、同じものを食べるのは芸がないと思って違うトコロでステーキを頂きました。

 0905_01.jpg

 味付けは塩のみっぽかったですけど、やぱしンマーイ!(≧▽≦)
 バットの中で揚げ物の衣を付けるかのごとく塩をバン!バン!と付けていましたけれど、それでも意外なほどに辛くはなくて。
 岩塩っぽいものを使っていたように見えたので、そのおかげかも?

 0905_02.jpg

 ビールは3種類くらいありましたかね~。
 写真のはプレミアムビールのデヴァッサというものでしたが、陳列されていたのはビンだったのでそれで渡されるのかと思いきやこのようにカップに入って出されました。
 うん、コクがあって美味しかったです。
 そのほかのビールは缶で販売されていたのですが、んー……こちらはなぁ。
 可もなく不可もなしってトコロでしょうか。

 そのほかブラジルらしいドリンクを~……ということで、カイピリヤというものを飲んでみたのです。
 向こうの地酒っぽいものをソフトドリンクで割ってさらに柑橘類と砂糖を入れた甘めのお酒?
 ラムっぽい趣きでしたが、ちょっと苦手かも(^_^;)。


 食事でオススメなのはカラブレッサに代表されるソーセージでしょうか。
 やぱし肉か(笑)。
 串焼き肉も素朴な味で美味しいですけれど、ソーセージとなって一手間かけたところでさらに味が増しているようなカンジでした。
 幾つかのお店で出されていたので食べ比べてみることができるのも楽しかったですしー。
 微妙に違うのだ、これが(^-^)。

 あと気になったのはチーズの存在感でしょうか。
 パステルといった揚げ物系の具材として挽き肉と一緒に入っているだけでなく、焼きチーズなるそのものズバリなものも売られていたのが印象的。
 ブラジルの食生活ではスタンダードな食材なのでしょうか???


 ステージで奏でられる音楽ももちろんラテンミュージックで。
 なんだか人を陽気に誘ってくる音楽ですね~。
 今日は晴天で気持ちよかったですし、まさにイベント日和でした。


 食べて飲んで……で、くさくさした気分を解消できるのですから、簡単な人間ですなぁ、自分(笑)。
 自転車のサドルをぉ……(TДT)。
 あー、あー、あー。
 またか。

 ……ああ、まだ夏ですしね。
 新学期も始まったことですし、お友達と夏の思い出作りかもしれません。


 巡回中のお巡りさんを見かけたので
 「これくらいの軽微な事件で、なにか対応してくれるんですか?」
 ――って尋ねたら
 「んんん……。サドルくらいだとねぇ……。出てこないと思うんですよー」
 思うだけか。
 まぁ、わたしもそれは理解できるので無理は言いません。

 でも、それじゃあ、わたしはどうしたら良いの?ってハナシなんですよねー。

 きっと犯人も(警察が真剣に動くこと無いから)見つかるわけ無いって思って遊んでいるんですよね。
 ちょっとした気分転換な気持ちくらいで。
 彼らは楽しむことができても、わたしには心の底に澱が溜まっていくワケですよ。
 それはきっと、社会を健やかに動かすには不要な感情。


 この件が解決されるだろうなんて、過去の事例と合わせて「まったく」期待していませんけど。
 しかし世の中の犯罪者は、ひとり残らず塀の向こうに叩き入れれば良いと思います。
 年齢や罪の軽重にかかわらず。

 なんてハナシをすると決まって
 「おまえはそんなことを言えるほど聖人君子なのか?」
 ――って反論があるのですが、アホか。
 わたしのことやアナタのことを問うてるのではなく、システムのハナシをしているんですよ。

 「じゃあ、自分が罪を犯したとして、それがごくごく微少な罪だったとしても納得できるのか?」
 ――ってことも言われたりするのですけれど。
 あーのーねー。
 反語でまとめるの、賢く振る舞ったつもりかもしれませんけどいいかげん止めてほしいわ。
 それは自分の限界を証明していることにほかならないってことに気付かないかなー。
 「納得できるのか? → 自分は納得できません
 ――ってだけです。

 わたしはわたしの言ってることに対してすべからく覚悟をもって発言します。
 そんな当たり前の覚悟も持たない人は毒にも薬にもならないから黙っていてくれませんか。
 「そんなこと言って、いざとなれば怖じ気づくクセに。そんな覚悟なんてあるわけない」
 ――とまぁ、反語を用いてまとめようとする人の思考は相手のことを信用していないことに由来するものだと考えられるので、ぶっちゃけ、話し合うにあたわずだと思うのです。

 信じられないかもしれませんが、あなたの理解の外にいる存在ってあるものですよ?


 えーっと、なんでしたっけ?
 ああ、この世界は被害者の心情に優しくないってハナシでしたっけ。
 それはひるがえって犯罪者に優しい世界ってことで。


 なにこれ、政治が悪いの? 教育?


 姑息と卑怯と厚顔無恥と二枚舌って言葉を、そろそろ彼らの辞書に登録したほうが良いと思います。
 せめてウソも方便くらいは載っていると信じたい……。
 これ以上はまたハナシが逸れるので、このへんで。



 社会が犯罪者を許して被害者に沈黙を求めるのであれば、わたしにできることなんて彼らを呪うことくらいです。
 犯罪者の頭上に鳩の糞が落ちていきますように! ように!(><)
 ばーや、ばーや!!!




 うー、あーっ!
 惜しい!!!(≧△≦)

 政略結婚で出会ったふたりが、初対面での行き違いで気まずい間柄になってしまったものの、お互いに聡明であることから間違いを正して仲良くなれたらいいな……って思い続けて行動するお話。

 そもそも政略結婚であると理解しているふたりですから、個人の感情の前に国家間の利益というものが立つと覚悟しているところがわたしには好感。
 まぁ現実には年相応のふたりが引き合わされることも、互いに好印象を抱く容貌であることも少ないとは思うのですが、それでは物語が興醒めしてしまうのでご都合主義とは言ーわーなーいーのっ!

 そういう奇跡的に好条件がそろったふたりが、通常なら出会うコトすら無かったハズのところを「政略結婚」という神の手でもって引き合ったのですから、それを運命と言わずしてなにを言うのかってカンジ(笑)。


 で、もちろん結婚してハイ倖せに過ごしました――ではドラマになりませんから、大過なく済んだハズの結婚式の直後から行き違いが起こって、お互いに嫌ってはいないのに許すこともままならないというモヤモヤした事態が展開されて、ああドラマだなぁ……と。

 その行き違いにしたってお互いのことを知る「読者」目線だと、とてもとても理解できてしまうだけに、ふたりの不器用さがイライラハラハラするのですよね~。
 このあたりの見せ方は巧みだったと思います。

 さらにはそうした初対面時での失点を取り返そうと奮闘するふたりの姿がまた微笑ましくて。
 克己できる人はホント素晴らしいです。
 しかもそれが誰かを思い遣ることに対して向かう気持ちであればなおのこと。
 「読者」という外野からすれば、もう、応援したくならざるをえないワケで!


 そんなふたりのあいだをつなぐサブキャラクターたちもなかなかに魅力的。
 メイドのミリィとか将軍のダラスさんとか、イイ味出してますよね~。
 「メイド」とか「将軍」とか設定上の立場があるだけでなく、彼ら彼女らにもしっかりとした意志があることが描かれている次第。
 キャラが立つって、こういうことなんだな~って。

 まぁ、宰相のコーグさんとかはそのあたりでちょーっと割を食っちゃった感がありますけど(^_^;)。
 あれだけキャラ紹介ページで意味ありげに描かれていたのにねぇ……。



 で、そんなキャラクターが織りなす日常劇は大変に興味深かったのですけれど。
 後半になって描かれるアクションとか派手な荒っぽいシーンとかでのやりとりがどうもチープっていうか……。
 あまり躍動的とかそういう方面で魅せる筆致ではないと思うので、事件解決における展開描写は厳しいなぁ……という印象。
 これが「惜しい!」って指摘する部分です。

 事件解決の手段にしても思いのほかあっけなくというカンジで、キャラクターたちがなにかをしたから結果を呼び込めた……という能動的なものでも無かったような。
 せっかくそこまではキャラクターの意志が表現されていたのに、最後の最後で「規定内で物語を締める」という書き手の都合が浮かんでしまったカンジ。
 うーん……残念だなぁ。


 夏目センセにはこういう手段で解決されるような物語は似合わないのだと思うのです。
 どういう手段が似合うのか、まだセンセ御自身でもわかってらっしゃらないのではないかなー……という印象。
 もし、そういうセンセが得意とされる分野を見つけられたときは……と考えると、楽しみになれるかたであります。

 新シリーズも始まられているようですし、期待していきたいです。
 IOSYSの『ANIME HOUSE PROJECT~神曲selection~Vol.1」 購入~。
 収録されている曲のどれもが耳に憶えあって楽し~♪

 でも貼られているステッカーで煽られているところの「IOSYS×けいおん」の「Don't say “lazy”」は原曲とあまり変化を感じられずに平凡なカンジ。
 でもって「鳥の詩」も悪くはないと思いつつ、これまであまりに多種多様にアレンジされてきた曲だけに今更新鮮味が無くて。

 そんななかで「空色デイズ」は上手くアレンジされているな~って。
 原曲の叩きつけるようなロックテイストが振り払われて、なんということでしょう、エモーショナルなテクノポップへと姿を変えました(笑)。
 この旋律で物語られていたら、『グレンラガン』もまったく違う物語を歩んでいたと思えるくらいです。

 motaさんのジャケ絵も可愛らしくてステキですし、「IOSYSはなぁ~」って嫌東方厨な人もどうですか?(^_^;)
 てか、あれですよ。
 わたし、IOSYSの東方曲ってあまり聞いたこと無いんですね、じつは(笑)。


 今日は細井総司さんのワークスベストとかElements Gardenのアルバムとかも発売されていたのですけど、そこまで現金買いするには躊躇いが生まれまして帰宅後にAmazonさんに頼みましたとさー。
 先日から携帯の挙動が怪しくなって電池の保ちもどうしようもないくらいに悪くなってきましたので、思い切ってiphoneに交換?してきました。
 まー、なんですか。
 このタッチパネルによる入力に加えてiphoneならではの独特な漢字変換機能にてんてこ舞いなわけで。
 こりゃ長文を打つなんて無理だなぁ……と思っていたのですが、いやはや、意外や意外。
 人って思いのほか簡単に慣れるものなんですねぇ(笑)。

 あとはスマートフォンらしく外出中にWEBを閲覧しているのですが、これがまた楽しいっちうか。
 電車で移動中、ちょっとした調べものとかこれでOKなんですよね~。
 電池の保ちも1日くらいの利用なら大丈夫そうですし、これから2年間、楽しく付き合っていきたいと思います。


 しかしFLASHが適応外ってのは地味に痛いって知りました。
 娯楽系ムービーくらいしかFLASHの用途って無いかと思っていたのですが、とんでもなく。
 データのアニメーション表示などでFLASHってかなり使われているんですよね~。
 天気予報サイトのレーダー表示とかって、ほとんどのサイトがFLASH……。


 iphoneでは専用のメルアドが設定できるようになるのですが、これまでの携帯メールも送受信できるためにそちらは設定しなくても良いかな~……と思っていたのですが。
 これまでの携帯ではcc込みで送られてきたメールは返信する際に全員へ送ることができたのですけれど、iphoneではどうやら送信者にしか返信できない仕様みたいで。
 これがまた地味に……。
 で、結局は専用アドレスを設定して今後はそちらをメインに使っていくことにしました。

 いろいろなトコロへ登録したアドレスの変更が面倒だわぁ(T▽T)。


 それでもiphoneの可愛らしさと頼もしさは嬉しいです。
 1個目のカバーが気に入らなかったから、Amazonで2個目のカバーを注文しちゃったほど(笑)。

 WINDOWS7が発売されたら軽量のネットブックかノートを欲しいな~って考えていたのですが、iphoneを持ってしまうと製品選択への要求度が少し高まってしまったカンジであります。
 出先でWEBが見られればいいかな~ってレベルだったものが、それはiphoneで対応可能だからもう少し異なる利点が無いとねぇ……ってカンジ。
 さてさて、どーなる?(笑)


 そういえばiphoneを契約する際に受付のお姉さんからソフトバンクのモバイルデータ通信サービスを勧められたのですけれどもー。
 先述のようにネットブックかノートの購入を年末あたりに考えているため、それに合わせてWiMAXかイーモバあたりのモバイル通信を同様に考えているのです。
 だもので「いまさら下り7.2Mbpsとか考えられないです~」と内心思っていたのですが、それを正直に言うには憚れて(笑)。
 「HOTSPOTなどの1日利用サービスとかで間に合ってしまう使用頻度なので遠慮します~」
 と逃げました(^_^;)。




 んー……。
 なにかボタンを掛け違えているというか、歯車がかみ合っていない感覚が。

 自殺した幼馴染みが幽霊となって憑いている主人公。
 わたしなどはそれだけで物語が始まると考えてしまうのですけれど、今作のスタートはそこではないのですよね。
 「幼馴染みの幽霊に憑かれている」というのは日常扱い過ぎて始まりにもなっていないという。
 この感覚にはどうにも合わないものを覚えてしまうわ……。


 で、物語のスタートというのはどこからなのかといえば、「退魔師を名乗る北欧系美少女が同じクラスに転入してきてから」なのですよねー。
 で、その少女に憑依された幽霊を祓ってやると言われて動きだすワケですけれど。
 その前提として「幼馴染みに憑かれている」って必要だったのか疑問が。

 たしかに憑かれているのが幼馴染みである以上、祓ってやると言われてハイそうですかと簡単に納得できるハズもないので物語は転がっていくのだとは思うのですがー。
 そういう事実を負わなくても、ただの普通の人が同じことを言われても、その不気味さから同じように簡単には承諾しないと思うのですよー。


 そうして少女が転入してくるまで物語が動きださないために、序盤のもったり感っていったらもう……。
 「少女の幽霊と一緒に過ごす」ってだけでドキドキするドラマがあるハズなのに、そういう展開がまったくなくて当たり前の日常を過ごすだけなんだもんなー。
 これはちょっと、読み手に与えられた情報から導き出す期待とは異なると言わざるを得ないっちうか。


 物語の転換となる部分でも、この幽霊の幼馴染みはあくまで部外者なのですよね。
 ああ、いくつかあるトリガーにはなっているのかもしれませんけれど、少年と少女、どちらも過去に囚われているなかで因縁を断ち切って成長する物語において発揮する存在感は希薄に思います。

 幽霊だから成長する余地がないと言われればそれまでですけれど、何かを得て立場を変えるということは物語上において明示できるハズです。
 しかし彼女の立場は最後まで少年と少女を成長させるための「手段」「道具」でしかなかったのですよね……。



 うーん……。
 物語に奥深さを出すというのは、仕掛けを多くし複雑にするってことではないと思うんだけどなぁ……。
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