本やアニメの感想と、日々のつれづれなることを~。
プロフィール

鈴森はる香

Author:鈴森はる香
独断やら偏見やら、感想と妄想が入り交じるサイトです。
Twitter

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
リンク
カテゴリー
月別アーカイブ
ブログ内検索

RSSフィード
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 図書館に予約した本、引き取りに行くのを忘れてキャンセル扱いになってた!!(><)
 もう一度予約を取り直しだわ……(T▽T)。



 KOTOKOさんの東名阪ツアー日程が発表されたーっ!
 夏じゃなくて秋ですってーっ!?(><)
 いや、この日程は驚きました~。
 10月16、17日が東京、24日が大阪、25日が名古屋……と。

 東京はSHIBUYA-AXで2Daysなのですけれど、1日目は1Fも指定席って、どういう……?
 あのフロアで、指定席、ですか???
 う、うーん……。

 無難に2日目のスタンディングだけにしておこうかな~(^_^;)。

 大阪はBIG CAT とのことで、興味アリます!
 土曜日開催ですし、遠征するのもありかもです~(笑)。



 雨宮まみさんの『ヱヴァンゲリヲン:破』感想の最後の一文

>まぁ、新キャラちょっと高河ゆんの匂いがしますよね。三十路はそんな感じなんだよ!

 が、ツボった~。
 わかる~(≧▽≦ノノノ

 言われてみれば、そうだわ~。
 容姿的なところはもちろん、あの語り口とか、まさにそう!!!
 説明くさいとか言っちゃってごめーん。
 あのしゃべりは「キャラ」だ――ッ!!!(笑)
スポンサーサイト




 ひとは、この世に生まれてきたという事実だけで、最強の遺伝子を持っている……というお話?
 今作がどういうお話かをひと言で言い表すのは難しいのですけれど、まぁ、その、なんちうか、「世界は希望にあふれている、よ」系なんじゃないかなー……と思います。
 賛歌っちうか(^-^)。


 家庭の事情で生まれ育った地を離れることになり、秘めた想いと共にその事実を幼馴染みへ伝えなければいけないのになかなか言い出せなくて。
 折しも父が家を出てから絶縁状態だった祖父からの接触があったり、年下の同性からの告白疑惑もあったりで、もはや静かに別れを告げる場合ではなくなってしまって。
 そんな悶々としているうちになにか異変を察した幼馴染みからも先回ってフラレたようなカンジになってしまって、あとは野となれ山となれ~……と(笑)。


 もー、ピュアなんだかシャイなんだかわかりませんけれど、言い出そうとしてタイミングを計っている中学三年生がオモシロ可愛いわ~!
 追いつめられると途端に感情爆発する様も、年頃らしくって、もう!(笑)

 あれですよね~。
 思考の処理能力をオーバーすると、シンプルな行動しかとれなくなるんですよね~(^_^;)。
 で、この年頃ではまだまだその能力の許容量が大きくないから判断が偏るっちう。


 そんなふうにいっぱいいっぱいの中で考え込んだところで最良の判断が得られるハズもなく。
 まさに「案ずるより産むが易し」なオチへと向かっていく展開に対して、主人公の周一郎にはご苦労様と言ってあげたいわ(^-^)。


 いろいろと遠回りをしたけれど、最後には「雨降って地固まる」ラストが爽やかで。
 なんとも気持ちの良い読後感です。


 年下の幼馴染みとはどうなっちゃうのかな?
 ダメかもしれないし、続いていくのかもしれないし。
 でも、どちらを選ぶことになっても、たぶん良い人生を送れるんじゃないかな~。
 Life is beautiful ですし、Wonderful Life なんですよ。

 人類はじまって、幾多の飢饉や戦争や災害で、たくさんの人の命が奪われている。そんななか、生き残った人たちは、やはり生命力が強いといえる。
 (中略)
 今、生きている、ということは、そういうことだ。みんな危機に打ち勝った人たちの末裔なのだ。強い遺伝子を持っている、生きているというだけで、強いことなのだ。最強だ。

 うーん、すごい。
 こうまでシンプルに命の強さを語ってこられるとは……。
 この真っ直ぐな真理に、思わず笑いがこみ上げてきてしまったデスヨ(^_^;)。

 そんな楽しさを感じられた作品でした。
 今日の日経夕刊の「あすへの話題」欄。
 京都銀行頭取の柏原康夫さんが記す最後の日だったのですがー。

 生まれながらにすぐれ、エリートの道を歩んでこられた方も多いが、我が身を顧みると常にB級の道を歩んで来たように思う。

 ――とありまして、ふむふむ、どんな苦難を歩んでこられたのかなと思ったのです。
 んがしかし――。

 中学時代は、年5回のテスト結果で、ベストテンに入ることはあまりなかった。たまに、シングル入りを喜び勇んで父に報告すると、「まだまだ上があるなあ……」の一言。

 ――だそうで。
 続く就職活動での苦労話も――

 大学は、旧制彦根商の伝統を受け継ぐ滋賀大学だが、就職では旧帝大系を中心とした指定校制(いわゆるキャリア採用)の障壁に苦戦。

 ――とかなんとか。
 うーん……と考えてしまいました。
 その人生で「B級」では、世の中の大半の人はそれ以下になるような……。

 もちろん柏原氏に(自身以下の人生を送ってきた)他人を貶めるつもりは無いでしょう。
 ですので、悪意は無い……と思うのですけれど。
 ちうか、他人について想うような人では無いのではないかと勘ぐってしまったー。

 でもこの文章から見える意識って、「B級意識」というより「A級へのコンプレックス」なのではないかな?とか思ってしまったり。
 A以外の存在という意味でのBではなく、Aには届かなかったけど可能性は十分にあったBというような意味合いで。


 うーん……。
 そんなことを考えてしまうから、わたしはB未満の人生なんでしょうかねぇ……(^_^;)。




 居場所を探すように校舎の屋上に集った4人の高校生が、そこでの安穏とした時間を守るために屋上に持ち込まれる事件の数々を解決していくお話。

 もっとも事件が持ち込まれて「屋上が脅かされている」と感じることについては、彼らの一方的な思い込みに過ぎないのですけれど。
 んでも、思い込みであっても各人が気になっている、あるいは関わりを持ってしまっている事件でもあるので、それについて解決に動こうとするのは友情からの思いやりである……と言えなくもないのかな?


 また舞台背景として、その世界の超大国の大統領がテロリストに拉致されて軍事基地のひとつも掌握されてしまっているというものがあるのですが。
 で、大統領(と基地に勤める人たち)を人質に、テロリストは世界を脅迫しているという。

 こちらについては社会秩序が壊れていくためのソースとして用いられていただけで、「屋上」の物語にいては大きな関係があったようには思えませんでした。
 タイトルで言うなら、「屋上」と「ミサイル」がうまく混ざっていないっちうか。
 昨日までは確かなモノだった社会が緩やかに壊れていき、実は秩序なんてものは思った以上に脆いものだったのだと示せれば良かったワケで。


 そこがうまく繋がっていればなー……と思わずにはいられないのですけれど、もしかするとその両者を関連づけてはウソくささが許容量をオーバーしてしまうのかも。
 緩やかに壊れていく社会のなかで、少しだけ超常めいた日常的な事案に思い悩み解決しようとする高校生のバイタリティこそが作品の妙だと思いますし。

 多少、都合良く作られた感があっても、そこは爽快感とのトレードオフかな~。
 何でも出来ると信じられた、高校生という年齢が持つ可能性っちうか。
 そんな中に、当然、好きだ嫌いだのエピソードがあったり、ロックテイストに尖ってみたり、物わかりの良い大人に逆らってみたり……と詰め込まれていて、賑やかさにかけては天井知らずだったような。


 「屋上」を守るために結成された「屋上部」という設定も、かなりトンチキですけれど、そんな「屋上部」の弱点は「雨」であるというような設定が用意されていては適当すぎると断じるワケにもいかないですよね~。
 そうした小ネタ?であろうと、作中ではきちんと消化されているため、作り込みに甘さを感じるほどではなかったですし。

 思いつきの設定だけではない、物語との連動性とでも言いましょうか。
 屋上へ持ち込まれた数々の事件が集約していく流れは、なかなかに面白かったと思います。
 「このミステリーがすごい!」大賞選評では半数の選者に「偶然に頼りすぎて現実的な説得力に欠ける」と言われてましたけど(笑)。
 そーかなも、と思う反面、そーかなーとも思ったり。
 そんな偶然が起こるから、彼らは物語の主人公なんではないの?って。
 それを指摘するなら偶然の発生率より、物語の箱庭的狭小性を指摘すべきとか思うわー。



 あ、その選評なんですけれど。
 ダメだししている評者がとにかく「伊坂幸太郎」リスペクトしていて萎えた感が。
 「○○に似ているからダメ」だと論じるのは適当ではないと思うのですよね。
 そういう指摘が許されるなら、作品とは先行者が絶対なのかと。
 似ている、類似している、想起させる。
 その中で技術的や技巧的に劣っているのか優れているのかを評してくれないと。

 「伊坂幸太郎をまんま真似たような設定や科白まわしが鼻につく」

 評者がどれだけの読書量を経てきているのかわかりませんが、選評を読む人の中には「伊坂幸太郎」を知らない人もいるでしょうし、こうした評の表し方は「まず伊坂幸太郎くらいをマストで知っておいてから」という条件を突きつけているような気がして鼻持ちならないです。

 べつに特定個人の名前を出さなくても、単に「既読感があって新鮮味がない。流行りの文体」とかでよろしいんじゃありませんこと?ってことでー。
 個人の感想ならまだしも、公正さが求められる賞の選評などで言って良いのか、わたしは疑います。
 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を見てきました。
 は?
 F1の騒動のことを書くとか言ってたって?
 政治が絡むと、ことはそう簡単にはいかない……って、リツコさんも言ってましたし、そうなんじゃないんですか?

 ――って、ほかのことが遠くかすんでしまうくらいにエキサイトしてしまった次第(笑)。


 しかし、ものすごい改変と再編集してきたというのは分かっているのですけれど、それがまたしっくりきているところがスゴイです。
 改変したことで新しい要素が入っているにもかかわらず、あたかもそれが初めから決められていたかのようにぴったりとストーリーにはまっていて、加えてそうして改変しているにもかかわらず「これも
ヱヴァ」!とカンジさせるくらいに根幹がブレていないという。

 これもエヴァですし、これがヱヴァです。


 新キャラの坂本真綾さんが注目されてましたけれど、通してみると初めから終わりまで石田彰さんが持っていったカンジ。
 芝居がかった変態キャラを演じさせると、この人はもう……(笑)。

 真綾さんasマリは、まだ底が見えてないカンジ。
 登場から続くシーンは作品としてとてもキャッチーで、本当に見せ方を心得ているな~と感心したのですけれど、彼女自身の言動は少々説明臭さを感じてしまったのです。
 三部作の真ん中という難しい位置に対しての意気込みがオーバーワークしてるっちうか。


 アスカ、レイは原作と比べて可愛くなったな~と。
 とくにアスカなんて原作比200%くらいの可愛らしさですよ、ですよ、ですよ……。

 世の中、昨今、鬱ゲー鬱ゲー言われますけど、ただ陰惨な場面を描いたからって鬱だっていうのは受け手の精神が弱っているだけなのではないかと。
 そこへ託した想いを狩るからこそ、鬱になるんですよ……(TДT)。
 もー、Bパートは息するのを忘れそうなくらいにのめりこんだわ。


 原作にはあったチルドレンたちの交流を描いたような作戦とかシチュエーションの数が減らされていたので、彼らの絆が多方面に膨らむことはなかったように思うのですがー。
 その反面、この映画版だけに合わせてきた改変で、より絆の深さが描かれたカンジ。
 量ではなく質で問うてきたなー、と。

 だから、わたしは、アスカが好き。
 いえ、もともとアスカ派ですよ、わたしは(笑)。
 そんな、やたらめったら絆創膏貼ればいいってもんじゃないですよ!
 たった2枚でもアスカの努力が無意味だなんてことはないんですよ!
 アスカが、レイより努力していないだなんて、言わせない、絶対に!(><)


 使徒に関しての描き方は「序」より更に精緻精細にパワーアップしてる感が。
 実のところ「序」で大きく変えられていたラミエルの描写はあまり好きではなかったのですけれど、今作での描き方はどれも好きだわ~。
 サハクィエルなんかもう、禍々しさが消えて優美で華麗ですらあったー。
 わたしから見るとゼルエルより優遇されていたんじゃないかって思う(笑)。


 うーあー。
 この衝撃は当分癒せそうもないわー。
 時期を見て、また見に行きたい!(≧△≦)



 友達と一緒に観賞に来られてたらしい隣の席の女の子が、終幕後、会場が明るくなって開口一番――。

 「待って! いまはなにも言えないから!」

 ――ですって。
 同感(^_^;)。



 作中でミサトさんがLet'sノートを使っていたので、これはタイアップしてるのかなーと思ったら、案の定(笑)。
 しかし「ワイヤレスWANモデル、WiMAX内蔵モデルではカスタマイズ天板が選択できません」とかあってテンションだだ下がり……。
 携帯モデルを出したDoCoMoとの兼ね合いなんでしょうかねぇ……。




 上映前のCFでは『サマーウォーズ』とか『マクロスF』が流されて。
 こっちも楽しみになりました!
 もともと『サマーウォーズ』は楽しみにしていて、今日はヱヴァを見るついでに特典付き前売りを買おうと思っていたくらいなのですが(買いました!)。
 『マクロスF』はシェリル分が多くて多くて、どうしたら!(笑)

 『サマーウォーズ』の主人公 健二のCVは神木隆之介くんなのですが、神木くんは声優と俳優のどちらでも活躍されていてスゴイですね~。
 幼い頃からどちらでも活動されているので、もしかしたら変な商売っ気に毒されていないのかも……と期待してしまいます。
 アニメファンとして俳優が声優に関わることに良い印象を持てないわたしなのですが、神木くんなら許せそうな気がしています。

 ヒロインの夏希は桜庭ななみさんってことで、あれかー、「ふたつのスピカ」の鴨川アスミ。
 ふむふむ……。




 横浜駅西口の一角を舞台に生きる若者たちの日常を追っていくうちに、やがて小さな事件が西口ビブレ前広場の存亡をかけた戦いにつながっていくという――。

 横浜は横浜でも、開発が進む赤レンガ界隈や賑わいの中心の伊勢佐木町とか山手でなくて、よりよって西口、しかもビブレ前ってチョイスが渋いわー!(笑)
 横浜って呼称は全国区ですけれど、あそこは完全に地元密着型な場所なんですよねぇ……。
 混雑っぷりはハンパ無いのですが、決して観光客が来るような場所ではないという。
 あと、先端を行くオシャレさんも(^_^;)。


 そんな場所をこうして作品の舞台にしているワケですけれど、それ故に今作への評価はその場所への思い入れの差によって違ってくるのではないかなー、と。
 横浜の下町具合をリアル寄りで描いているのですが、しかしそれがまたなんだかウソくさくなってしまっているという……。
 いや、ホントに横浜の裏側(地元)ってこんなカンジなんですって!(笑)


 本編はそこに生活の一部(大部?)を置く若者を中心とした連作短編。
 ティッシュ配りのお姉さんから始まって、車でサンドイッチを移動販売しているお兄さんに、カラオケの店員、発展途上のヘアスタイリストに路上ライブを行っている無名の芸人。
 横浜で生きる人たちの人生が、あの場所で交差しているんですよね~。

 人ひとりの人生は線で描かれるものだとしたら、そんな線が網の目のように絡まり合っているのがあの場所だと言えましょう。
 たった1点でしか交わらない人生だとしても、その出会いが物語を紡いでいっているという。
 たぶん、きっとそれが社会ってものなんだなぁ……って思います。


 なかでも好きなのはティッシュ配りのお姉さんのお話と、カラオケの店員さんと女子高生の交流のお話かなー。

 前者は現状における未来への閉塞感に悩みながらも、しかしその場で全力を尽くすことへの思い切りの良さが好感。
 難しく考えて「自分はこんなもんじゃない」と腐ってみても状況は変わらないワケで。
 だったら、いまいる場所でいちばんを目指そう!って、すごくわかりやすいわ~。
 何かの答えになっているワケではないですし、それが最良というワケでもないのですが、生きるってことは考えているだけではダメなんだって思えてきます。

 後者は生き方が不器用なふたりの交流が微笑ましくて。
 世間一般的な人間像としては欠点が多いふたりでも、当人はそれを実のところ苦にしていないという。
 むしろ世間の目を気にせずに自分なりの生き方のリズムを見つけているだけに、その姿勢には余裕すら感じてしまいました。
 だからといってふたりの人間性に欠けている部分があるわけでもなく、義理人情や善悪観については人並み以上に持っていますし守っています。
 さらにはその感性が呼べばすぐさま行動することも辞さないという決断力もあって。
 こちらでも考え方が人の価値を決めるのではなく、行動がその人の価値を決めていくのだなぁ……と。


 全てのお話が最後に繋がっていますけれど、その関係性はあまり強くなくて、その事件性についてはお仕着せ感を覚えなかったわけではないのですがー。
 あの広場を巡る一連のお話としては、まぁ、十分にアリでしたでしょうか。
 最後、オールスターキャストで展開されていくのは、サービスだとわかっていても嬉しいところですし~(^ω^)。



 あー。
 あの猥雑とした雰囲気に飛び込みたくなったー……という読後感でした(笑)。
 テニス全英選手権 ウィンブルドンが始まっております。
 クルム伊達公子選手がワイルドカードで出場しましたが、1-2で惜しくも1回戦敗退……。
 現役復帰したクルム伊達選手の話題性と往年の活躍を考慮しての主催者選出だったのでは?と思われるのですがー。
 次は無い……と思わざるを得ない試合内容でした。


 故障で途中棄権した全仏以降、どれほど体調管理をされてきたのかは想像に難くないのですが、いかんせんアラフォー世代にはもはやWTAツアーを戦い抜く体力が足りないのではないかと最後通牒を突きつけられたカンジ……。
 第1セット、第9シードの選手から奪ったことは当然評価できるのですけれど、第2セット中盤以降は腕が振れない脚が動かないの体力負けで。
 それが理由で「戦えない」のでは、いくらシード選手からセットを奪おうとも意味は無い……と言うのは厳しすぎでしょうか。


 参加することに意味がある……というような精神はアマチュアのなかでこそ輝き、尊いものだとわたしは思うのです。
 戦える、というのはプロとして最低限問われることで、勝てない、のであればその場を「勝つ可能性のある人」へ明け渡すべきなのではないかなぁ……と。


 もちろんクルム伊達選手が予選勝ち上がりであの場に立っていたのならまた話は違っていたと思います。
 ワイルドカードだったからこそ、思うところが出てきてしまうのです……。


 現役復帰したところで、この現実は厳しいですね……。
 見ているこちらも苦しくなってしまうわ(TДT)。
 勝つことが無理なら大会に出るな……というような主旨で先には述べたわたしですが。
 プロというのは勝つことだけが存在価値にあるのではないと思うのです。
 グランドスラム大会へ出場できなくてもいいのです。
 プロテニスプレーヤー・クルム伊達公子として後進へ手本となる姿を見せていってほしいと願っています。



 怪我などから復帰した選手と言えば、女子の森上亜希子選手もそうなのですがー。
 森上選手もシード選手とぶつかった……だけでなく、相手は全仏優勝のクズネツォワ選手だったという……。
 その組み合わせにはまったく運がよろしくないと思ってしまったのですが、意外と試合にはなっていたような。
 クズネツォワ選手が本調子でなかった、というトコロが多分にありましたが。


 しかし、見ていて森上選手のプレーは気分が良くなかったです。
 アンフォースドエラーを犯したらボールを叩きつけるわ、ネットにかかったボールを蹴飛ばすわ……。
 昨今、声を張り上げるくらいのことは少なくない選手が行っていますし、声を出すことはメンタルにも効果がありそうで納得はできます。
 でも、自分の外の対象物にたいして八つ当たりをする行為はどうなの……?
 テニスのプレーを教わる前に、物に怒りをぶつけてはいけないとか教わらなかったのかしら。

 そんな森上選手の行為、見ていて気分が悪くなる前に驚愕してしまったのですよね。
 まさか、仮にもプロのテニス選手でそんなことをする人がいるなんて想像できなかったので。
 悲しくなったわー……。


 ゲーム内容について惜しい部分があったという理由で、森上選手の善戦を讃える記事が多いのですが、彼女のマナーについて書かれている記事が皆無なのが納得いかないっちう。
 善戦と言っても所詮は3-6、6-7のストレート負けです。
 第2セットのタイブレークなんて、1-7ですよ。
 全くサービスキープできていません。


 わたしは、あの試合を善戦などと言って評価をしたくはありませんし、これからも応援などしないでしょう。。
 彼女は、プロとして後進の手本となるところが「全く」無いからです。




 昨今のライトノベル(電撃)の流れとは違うなーと。
 絞った狙い(萌え)の仕掛けが薄くて、ガジェットは構造のために用意されているカンジ。
 ライトノベルがジュブナイル小説と呼ばれていた頃のファンタジージャンルか、あるいは往年のライトSFなどに雰囲気は近いのかも。

 昔はさー、電撃文庫にもこういう雰囲気の作品ってあったんだよなーって、懐かしく思ってしまったー(^_^;)。
 しかし、いまこういう趣の作品を刊行してくるということは、もしかしたら電撃文庫って思ったほど(刊行予定)作品のストックが無いのかな~……とか考えてしまいました。
 現在歩んでいるレーベルの本流とは異なるんですもん。
 企業グループ内から引っ張ってきているとはいえ、「週刊アスキー」連載から持ってくるのは、その形式からして異例のように思えました。
 ほかにもそういう形で持ってこられた作品ってあるのかなー??

 これを「電撃文庫をライトノベルとは呼んでいません」と宣言するくらいの懐の深さと見るべきなのか、はてさて……。



 で、本編。
 愛猫を失った悲しみから一夜明けてみると猫耳(+尻尾)が生えてしまったお父さん(職業:エロマンガ家)のお話。
 年頃のひとり娘との微妙な仲に頭を悩ませつつ、実はやっぱり互いが互いのことを大切に想っている家族の物語。

 いやー、もう、愛猫を失ったことに関しての冒頭の描写からキましたわ~(TДT)。
 愛玩動物というくくりでみるのではなく、家族の喪失としての悲しみに満ちているんですもの……。
 でもって、それと相関するように描かれる、妻(母)を失った昔日の思い。
 夫としての視点と、娘から見た視点。
 ふたつの視点が繰り返されて、難しくて素直になれない気持ちでも、残された相手のことを悲しみのなかにあっても見続けている優しさがまた……(T▽T)。


 アラフォーのオタ男に猫耳装備なんて奇をてらったものでしかないかもですけれど、それをきっかけとした物語の流れはすごく真っ当なものだと思います。
 下手をするとタチの悪いコメディに陥るところを物語の芯がしっかりしていることで、むしろスパイスに変化しているカンジ。
 シリアスとコメディのバランスが良いんですよね~。


 後半の流れは若干急いでいる向きもあるかもですけれど、今作に用意されたガジェットではこれ以上引き延ばすのは逆効果であったと思います。
 うん、これはここで事件を起こしてまとめに入ったことは正解だと。

 その事件に関しても決して前触れ無いものではなかったですし、むしろその流れに向かう伏線は示されていたワケで。
 それは見える形で示されていたモノではないのですが、周囲から浮いてしまっている感という雰囲気のようなものであって、それがまた良い味になっていると思うのですよー。
 刺激的というのではなく、噛みしめると感じる味わい深さのような。



 表題作だけではページが足りなかったのか書き下ろしの短編も1本収録されているのですが、こちらも良雰囲気をかもし出していて好感。
 形式としては同じく父娘モノなのですが、互いに距離を測りかねている不器用さがくすぐるわ~(^_^;)。


 両篇とも同種のモチーフを描いているってことは、松原センセはこの件になにか思うところがあるのでしょうか?
 こうした優しい雰囲気の作品をまた読んでみたいと思ったセンセでした。
 あれだけの長編を全7回とか、無謀にもほどが(^_^;)。
 アニメは見てなかったのですけれど、そちらはどこまで描いたのかな~??

 とりあえずドラマ第1話から感じたことは、宇宙飛行士を目指すという部分での専門性はあまり高くなくて、その特殊性をもって話題作りをすることよりは「ただの現代学園モノ」では描くことが難しい哲学志向の高い葛藤&青春群像を描こうとしているのかな~と。
 試験とはいえグループリーダー性やら協調性やらを求められるようなシーンって、そう無いような気がします(^_^;)。


 その今回の話のキモであった試験。
 主要キャストを同じ班にまとめて、そこでの個性のぶつかり合いを描く手法は安易かもしれません。
 んでも初回に求められるわかりやすさとしては十分に及第点だったかとー。
 各人のキャラクターや立ち位置、さらには物語上の役割までもうっすらと見えてきてましたし。

 いや、まぁ、基本ライバルを蹴落としていかないといけない厳しい境遇の中で、仲間と助け合うことの是非みたいなものはあるかもですがー。
 しかしその矛盾がドラマとしては盛り上がったワケで。
 あの短時間で皆が主人公あすみを信頼するというのもかなりムリクリ感があるところですが、彼女自身のポテンシャルの高さは説明されていましたし、全くの主人公補正というわけでもなかったかな~と。

 なにより問題解決が持ち前の才能や単なる閃きで成されるのではなく、彼女自身が「走って」手に入れようとしたトコロが好感でした。
 まさに、わたしが好きなパターン(笑)。
 しかも「オマエに賭けた。だから時間内に戻ってこい!」……な「走れメロス」展開は、日本人にはわかりやすいトコロですし~(^-^)。


 試験をクリアできて安堵したのもつかの間、直後に最大の難問が待ち受けていた――って二重の底のパターンも物語としては定番を踏んでいて王道だったな~と。
 あー、原作でもこんなのあったっけ……とか思い出して、ひさぶりに読み返したくなったわ~。
 物語が進むと、けっこうシリアスが過ぎて重かったりするので再読するには腰が重いのです(^_^;)。


 最初に述べたようにどこまで描かれるのか不明……っちうか、作品の全体像からするとそれほど大きな展開まで持って行けそうも無い予感がしていますが、楽しみにしていこっかな~。

 にしてもアレです。
 田辺誠一さんは皮肉なキャラがはまりすぎるわ紫のバラの人(笑)。
 サッカー日本代表 中村俊輔選手のスペイン移籍が決定とな。
 先に出場した代表戦以降で暗礁に乗り上げた横浜Mとの移籍交渉は、はたして決裂という終わりを迎えたわけで。
 横浜サイドの動きに急いているカンジがしてどうなのかなぁ……と思っていたのですが、やぱし。
 ちうか、そもそも日本のリーグ下位に低迷しているチームへ移籍してほしい選手じゃないんです、中村選手は。
 古巣だから? 当然?
 浪花節の勘違いもここまでくると呆れを通りこします。

 で、交渉が不調に至ってからの横浜サイドのコメントもすごかったデスね。

 「もう一度、条件だけでも伝えたい。全力投球します。それでダメならしようがない」
 「会わないと気持ちは伝わらないと思う。チャンスは十分にある。誠意を伝える」
 「ぜひ直接会って、こちらが謝るべきことがあるなら謝って、再び交渉のテーブルにつきたい」
 「彼がトリコロールのユニホームをもう一度、着てほしいと思っている人もいるでしょう。われわれも、その思いは日に日に強くなるばかりです」
 「その報道が本当かどうかも分からない。あとは中村本人の考え。うちとしては誠意を示したと思っている」

 他人事だわ、問題がどこにあったのか理解できていないわ、責任を中村選手側に預けるわ……。
 当事者としての意識とかこの件に賭ける意気込みとかが全く伝わってこなかったわー。
 この期に及んで当人と直接交渉を望むとか、どの面下げて言うのだか……。

 報道されている中では、正式契約前のイベント出演打診や中村選手側の体調を無視した形での復帰戦予定とか、はては金銭面でのさらなる譲歩要請とかまであったりと、もはやどのあたりに誠意があったのか疑うのもアホらしいっちう……。
 入場料を取っての入団会見計画まであったということには笑うしか(T▽T)。


 あ、あれですか。
 中村選手のためにチームの戦術システムを変えてきたってことですか。
 それでリーグ低迷していたら本末転倒な気がしますし、百歩譲ってそれが誠意だとしてもそれは現場が見せた誠意であって交渉に臨んだフロントが見せた誠意ではないような。

 横浜サイドの意識としては、海外へレンタル移籍させた支配下選手の意識だったのでしょうねぇ……。


 でも、これでリーガで活躍する中村選手を見られることになりましたし、WOWOWに加入していて良かった~(^ω^)。
 あ、り、が、と、うっ! マリノス!(`Д´)



 フランスで活躍する松井選手のグルノーブル移籍も決まったみたいですし、W杯へ向けての一年が楽しみになってまいりました。
 ……そうした時期に国内復帰してきた神戸の大久保選手ってどうなの?とか不安に。
 出場機会を得るためといえば、まぁ、納得できる選択ではあるのですけれど……。

 リーガ・エスパニョーラへ移籍した中村選手にしても、新天地に1年目は慣れずに出場機会が減ることや結果を残せないことも無くはないので、ここから先が勝負ですか!(≧△≦)
 多方面へフラグばらまきすぎて、もう(笑)。
 風越部長の福路さん。
 どんだけMなのかと……(^_^;)。

 透華のツンデレっぷりは、いまや古典の域に達するくらいにべったべたでした~。
 そんな性格に裏がないトコロが、彼女を嫌いになれない部分なのかも。
 高飛車ではあるけれど、嫌味ではないんですよね。

 にしても、実家?での透華と一が歩いているシーンは、ふたりの乳比べかと思ってしまって(笑)。
 逆光で服が透けてみせながら立つ透華とか、見せ方に信念を感じられます。
 どうやったら視聴者の妄想を惹起させられるのか、その一点で作られているという(≧△≦)。
 その真面目さが過ぎるのでコメディでも成り立っているのですよね~。


 鶴賀の蒲原さんは、あのメンツの中にいながら大負けしなかっただけでも自分の打ち方ができていたと思うのですよー。
 風越はルール上許されているのかもですけれど、競技中のアドバイスはちょっとなぁ……とか思ってしまいました。
 まぁ、竹井部長相手なのですからそれも仕方ないですか(^_^;)。
 もー、あの人とは打ちたくないわ~。
 翻弄されすぎそうで(笑)。
 アメリ……(T△T)。
 がんばった……アメリ、がんばったよ!!!
 人格を持った存在のなかで成長する部分が描かれたのって、アメリだけだと思うよ!!(><)

 「話し合うこと、分かり合おうとすることが大事」
 それは裕理に言ってやりなさいよ、ましろさん……。
 で、しかしそのあとの事態解決も話し合うことすらせずに独断で進めたりして、言動不一致すぎー。

 大団円後の終盤のあれやこれやも感動場面を演出しようとする意図が鼻についてしまって、もう。
 イイハナシにもっていこうと、あざとすぎて!(><)
 心が動かされるのは切り取ったシチュエーションにではなく、そこへ至る過程に対してなのではないのですか?


 主人公のためにたくさんのことがお膳立てされて、主人公のために良い人たちが走り回って傷ついて世話を焼くお話。
 対して裕理は嫁をもらっただけでなにもしていないという……。

 太転依と人間が共存できる世界を裕理は望んだわけですけれど、それすら――
 「ましろがいなければダメなんだ」
 ――と彼女第一主義を貫いているので共存が優先されているワケではないのですよね。
 ましろと一緒にいるために、太転依が許されてほしいだけで。
 彼女が太転依であるから考えてみただけで、彼女が太転依でなかったらそう考えていたかどうか疑ってしまうわー。
 太転依でなければ考える必要はありませんし。


 そもそも裕理は当初から太転依に対して特定の感情を抱いていなかったため共存の道を選ぶことになっても別にそこに葛藤があったわけでは無いのです。
 どちらでも良い、から、こうあって欲しいに変わっただけで。
 それはなんというか、成長ではなく欲が芽生えただけのような……。

 ひとつの物語として、根幹にあたる部分が希薄だったと思わざるを得ない作品でした。
 F1 イギリスGP決勝
 予選5位スタートのウィリアムズ 中嶋選手は11位フィニッシュ……。
 チームとしては前回のトルコGPでピット作業のアクシデントがあったところですが、今回も中嶋選手の1回目のピットストップでコンマ数秒~1秒くらいの遅れが。
 前回は左フロントで今回は右フロントタイヤ交換でのアクシデントですかー。

 実況によると前回のことからピット作業の練習を繰り返してきたとのことですけれど、それでこれかぁ……とか残念に思ってしまったり。
 ピットアウト後に惜しくもという距離で順位を下げているので、作業がパーフェクトに行われていれば……と思わずにはいられないのですよねー。
 ここでの降順がさらに後々でトラフィックにかかる連鎖の始まりだったように思うので。


 いや、まぁ、でも、しかし。
 Q3進出したマシンのなかでは最軽量であったにもかかわらず「5位」であり、そして決勝用にはユーズドタイヤしか残せなかった中嶋選手のあれやこれやも無視できないかぁ……とか。
 なにしろ同僚のロズベルグ選手は中嶋選手より10kgも重く燃料積んで予選7位→決勝5位なんですから、レースマネジメントとしては中嶋選手のほうが劣っていると思わざるをえません。

 中嶋選手はレースに臨むにあたっての戦略を自らの技量で狭めざるを得ず、そして結果がともなってこないという悪循環に陥っているのではないかと。
 それではもう、結果を残せないのもむべなるかな、と。

 ちなみに優勝したレッドブルのベッテル選手は12番目の重量でありながらPPを奪取して、そしてそのままポール・トゥ・ウィン決めちゃっているんですからねぇ。
 勝てる人というのは、勝つための必然を持っているものだと考えさせられます。
 まさに上昇スパイラルと下降スパイラル。


 レース自体はスタート時に順位変動があったくらいで、中盤以降はマージン稼いだベッテル選手が不動のままに優勝決めた穏やかなものだったかと~。
 バトン選手もスタートで降順してしまいましたけれど、あれ、前方グリッドのTOYOTA トゥルーリ選手の遅さ(ミス?)に巻き込まれてしまったカンジでしたね。
 進路をふさがれてしまったっちうかー。

 終盤での追い上げを見るに、バトン選手が自嘲してしまうほどにはマシンも悪くは思えなかったので、勝てないときというのはこういう小さなことからの不運?が積み重なっていくのだなぁ……と。

 しかしバトン選手が自嘲したくなるのもわかるくらいにレッドブルのマシンの戦闘力がハンパ無かったですね……(^_^;)。
 トレンドより少し上向きなカンジのアヒルノーズをはじめとして空力がハマッているカンジ。

 これでベッテル選手はバトン選手との差を7ポイント縮めて25ポイント差。
 まだバトン選手に追いつくには最低でも3レースは必要ですけれど、2位のバリチェロ選手とは2ポイント差ですよ!
 ウェーバー選手とワンツー決めてチームランクでも接近してきましたし、いよいよ迎撃体勢が整ったと盛り上がってきました!(≧▽≦)


 ちなみに。
 今回のイギリスGP、元プロ野球選手の古田敦也さんがゲストにいらしてたのですがー。
 モナコに清原さんがゲストにいらしてたときはアレな結果でしたし、そして今回もまた……。
 中嶋選手と元プロ野球選手って相性良くないんじゃないかって思ったりして(><)。

 ああ、でもモナコでは最終ラップまで高順位でしたし、今回も予選ではベストな走りだったのですから、実は反対に相性は良いのかも……??(^_^;)
 ただ、それだけの祝福を授けられても活かせないだけで……(TДT)。
 ひとつの作品としての体を成すために、原作にあったコメディ色を排する選択をしたのだなぁ……と。
 学祭ライブでの衣装合わせにそこまで注力しませんでしたし、復帰した唯があずにゃんに絡んでいくところもてんどんにはしませんでしたし。

 クライマックスでは楽器を忘れた唯が家まで取りに戻りながら、その過程で昔を振り返って成長した感を出していたのですが。
 うん、それは良かったな~と思ったのですよ。
 あの唯が、そういう「なにも無かった昔の自分へ伝えたいこと」を考えているあたり。
 以前は転んでしまうところで、いまは自分の脚で踏みとどまれる強さを持ったというのも暗示的ですし。

 んーでもなー……と思うところが。
 病み上がりの姉の状態くらいは憂ちゃんなら察していそうですし、唯がギターを忘れることがあっても憂ちゃんまでそれに気付かないことがあるのかなー……って。

 それと唯がギターを手にみんながライブしているステージへ現れたシーン。
 あれ、神視点のわたしたち視聴者は状況を理解できているのですけれど、あの講堂にいた観客からすると「なんらかの事情で仲間はずれにされていた女の子が戻ってきた」というふうに映っていなかったかなぁ……とか。
 たとえば「あの子(唯)は納得いかないことがあってメンバーから離れていったのだけれど、やっぱりワガママ言ってたのは自分だと気付いたから戻ってきた」とか思ったりしないかなぁ(苦笑)。

 つまり、なんちうか、視聴者がわかっているところまで観客の心を動かすようなシチュエーションには見えなかったという次第。
 紬が勢いとノリで始めたアンコール?も唯は観客に背中を向けて奏でてましたし、盛り上がる方向がすごく身内にだけ向かっていたような気がして……。

 うーん……。
 そういう「仲間の絆」を描いてきた作品だけにこの展開も納得できるのですけれど、自分たちばっかりで完結して気持ちよくなっている奏者を見せられた観客の気持ちを思うと……。
 いいのかな、それで……という気になってしまったのですよー。
 舞台袖に下がったあとで感極まるのは良いと思うのですけれど、ステージに立っている以上は……と思ってしまったのです。

 いや、ま、気になっただけで、それが間違っているとまでは思いませんでしたけれど!(><)
 良かったと思いますよ!
 これはこれで、もちろん!


 そんな「けいおん」MADで久しぶりに良いなと思えた作品。
 【MAD】 けいおん! 『さくらんぼ!』
  原作を材料としてパッチワーク的につなぎ合わせた(だけ)と感じる作品が少なくないMADの中で、これはオリジナルを合わせて作っている感が強く出ていてスゴイな~と。
 間奏のあたりの流れがとくに好きだわ(^_^)。
 F1、来季は分裂開催へ?
 多分に政治的思惑が誘引するかたちで(もちろんそれだけではないですけれど)、バジェットキャップへの賛否でエントリーチームが二分された、と。
 互いに妥協するにはそもそも溝が深すぎているように思いましたし、現時点でこのような分裂状態に至るのも必然だったのかも。

 ことはチーム事情だけに留まらず、GPを開催するサーキット側にも影響しているわけで。
 ニュルブルクリンクとドイツGPを隔年開催するホッケンハイムは、新GP開催に対するFIAの圧力を懸念している模様。
 で、反対に新しくカレンダーエントリーを目論むアブダビのヤス・マリーナは興業面から複数のGPが催されることを歓迎しているみたいですし。

 うーん……。
 「向こうのGPを開催するなら、カレンダーから外すよ」
 ……ってのはアリそうなんですよねぇ。
 エクレストンとモズレーなら、本気でやりそう……。


 メーカー系チームが主導するFOTAのGPは、商業的観点から主戦場を北米に置くでしょうし、さらには新興市場のインドや中国などにも熱心かも?
 現状のF1カレンダーから外されてしまっているクラシックサーキットなどにも開催チャンスが巡ってくるかもですし、分裂開催を単純に否定するワケにもいかないかぁ……。


 わたしとしては繰り返しますけれど、面白いGPになればむしろ分裂GPは歓迎です。
 異なるレギュレーションのもとで複数のモータースポーツが見られるようになるのは興味深いですし。
 ただ、それが「後退」を意味するならGPに冠する呼称がどうであれ賛成することはないでしょう。

 この件は今回の表明でひとつ落ち着いたように見えますけれど、F1世界は権謀術数ですからねぇ……。
 まだまだ進展がありそうだわ(´Д`)。
 SUPER AGURI の例を持ち出すなら、開催4ヶ月前で決定されることもあるわけで(笑)。


 そんなF1GPは、今週イギリス、シルバーストンでの開催。
 予選ではなんとウィリアムズの中嶋選手が5番手グリッドをゲット!
 うーむ……。
 フリー走行で調子よくても実際の予選では……ということが多かった中嶋選手でしたが、今回はフリー走行からの好調を予選でも維持できていました。
 あまりTVで捉えられてなかったのでわからないのですが(笑)、ミスが少なかったというより攻めどころを心得ていたようなカンジ?
 やぱし慣れ親しんだコースだからかな~。


 軽量マシンを持ち込むことができたハズのフェラーリはいまひとつでしたね……。
 ここでも流れを変えることができないのかなぁ。

 反対に新しいパーツで武装してきたレッドブルの戦闘力は確かなモノ。
 PPゲットのベッテル選手に、3番手のウェーバー選手。
 2番手にブラウンGPのバリチェロ選手が入られてしまいましたけれど、チャンピオンシップリーダーのバトン選手はマシンバランスに苦しんでいるみたいですし、これは見せてくれるかも~。

 あ、TOYOTAもトゥルーリ選手が4番手、グロック選手が8番手ということで期待できる位置からのスタートであります。
 位置的にはレッドブルvsブラウンGP、ウィリアムズvsTOYOTAってカンジ?




 連作短編かと思っていたらオムニバスだったことで少々肩透かしを。
 さらに推理小説新人賞受賞作ということでなにか挑戦的な仕掛けがされているのかな~……と気構えていたのですが、こちらも仕掛け自体にはとりたてて斬新さは無くて。
 ちうか、そもそも「推理小説」に類する作品だったのかな~……という思いがして。

 んー……。
 フワイダニットを「推理」すると言えば、そう言えなくもない……のかな??
 でも、今作はそうしたジャンルのくくりで見ることよりも、まずは単純に文芸作品として描かれる人間模様を楽しめば良いのかな~と思います、思いました。


 収録されている4編のどれもが親子や夫婦、恋人といった「ありきたり」な人間関係の中に一癖をスパイスとして詰め込んでいて。
 それが本来は普遍的で落ち着きを生むはずの関係に不安定さを生んで、好奇を起こすのですよね~。
 どちらかというとその感情は俗な部類に属してしまうのかもしれませんけれど、そんな通俗さって大衆文学には必要なものだと思う次第。
 読み手の人間性を操ることを意識していると思うので。



 収録作の中では書き下ろしの「渦潮ウーマン」がいちばん好き~。
 旅行先で不倫相手が死亡してしまってその事実から逃げようとするのだけれど、逃げ切れないとわかってから起こした行動によって思いがけず真実に直面するという。
 作中でも言われているのですけれど、この作品の主人公・由布子さんの思い切りの良さが気持ちいいのです。
 上司との不倫関係や、同期が壽退社していって最後まで残っている事実や、仕事に対しての将来的展望など、日々思い悩むことがたくさんありつつも、一度こうと決めたら覚悟が定まるところがステキ。

 そんな性格なので、ラストが湿っぽくなっていないのですよね~。
 ほかの3作はどれもが後ろ髪を引かれるっちうか良くも悪くも想いが残っている中で、この作品だけが後味スッキリで終わっているっちう。

 もちろん余韻を残した終わり方を見せているほかの3作も悪くないと思います。
 たとえば表題作の「竜巻ガール」などは、わずかな時間だけ肌を合わせた高校生男女の切なさが伝わってきますしー。
 身体を重ねても、ココロを重ねることに臆病になってしまったやりきれなさが、ね。
 表題にするだけのわかりやすいパンチがありました。



 推理ミステリの体としてみると物足りなさは否めませんでしたけれど、日常の中での人間関係へ向ける視線、視点、意識などにおいて非凡なものを感じました。
 これはほかの長編も読んでみたくなった~。




 真新しい国際空港を守る最先端警備システム「ROMES」と、それに関わる人たちの姿を描いた第二弾。
 空港という場所柄、それに関わる人といっても実際にシステムを運用するセクションから果ては空港のショップで働く人まで多岐にわたっているワケで。
 あちこちへ視点が移りつつもその中心にあるのが「ROMES」であることには変わりないので、物語にブレはカンジませんでした。


 そんな中で中心人物と言えばやぱしROMESを運用するセキュリティセンターの面々なのですがー。
 そこの主任である成嶋と部下の砂村のLOVEっぷりがハンパないという。
 もうキミたちくっついちゃえば?と思わんばかりの相思相愛っちうか以心伝心っちうか(^_^;)。

「――そんなことより、支部長が自らここにいらした理由は?」
「君に、そろそろ床屋に行った方がいいと忠告しようと思って」
 成嶋は伸びた髪を指で梳いてから、おもしろくなさそうに行った。
「うるさく言う人間がいないから、忘れてた」
「ほう……。いつの間にそんな女性ができたのかな?」

 成嶋と本社の人間との会話なんですけれど、ほらやっぱり知らない人から見ればそういう関係に見えるんですって!(笑)
 このとき砂村は成田空港へ出向中。
 成嶋は鬼の居ぬ間のランドリーで自由を満喫しすぎているっちうか自堕落を楽しんでいるっちうか。

 わがままな王女様と忠実なる騎士だよなぁ、このふたりって……(^_^;)。
 その信頼関係があるからこそ、ひとたび事件が起これば同じ方向を向いて一心に立ち向かっていけるのでしょうけれど。



 んで本編。
 今回は「ROMES」開発時に生まれた因縁が発端に、死んだと思われていた伝説のテロリストが挑戦状を送ってくるワケですがー。
 いろいろと策を張り巡らせてROMESと成嶋の裏をかこうとしていても、むしろ策を弄するあまりの小者ップリを表してしまっているような気がして、相手として役者不足だった感が。

 ことに作品の主題のひとつが「機械は間違いを犯さない。間違うのは常に人間である」というところにあるだけに、グループを組んで挑んでくる犯人サイドの瓦解ぶりがまた……。
 どれだけ綿密な計画を立てたところで、それを遂行する人間が簡単に計画から逸脱してしまっては成功するものもおぼつかないワケで。
 ROMESが反撃するまえに、自沈していったカンジ……。
 だものでクライマックスでのカタルシスが微妙だったかなー。


 ただし犯行計画の遂行という部分を除けば、このグループに参画した各人の人間性の色づけは興味深かったカンジ。
 それぞれでまたひとつ物語が出来そうなくらいに濃いっちうか。
 あー、五條センセってこういうキャラ分けもできるんだなぁ……って、新たな一面を見ることが出来たのは収穫。



 ROMESの有能さは絶対的なんですけれど、西空内でその能力が及ばないエリアがあるのは前作でも今作でも突かれているトコロですし、そのシステムが万能であっても無敵でないと物語るのはもう十分かな~、と。
 それを上回る「奥の手」を用意するのはフェアではない気がしますし、もしシリーズとして続けるのであれば、やはり「人」の動きにかかってくるのかなぁ……。

 終盤で見せた成嶋の読みは冴えわたっていて爽快感がありましたし、その読みのもとで全力で駆け抜ける砂村の姿も熱血していて良かった~。
 敵にはその信頼関係が無かったから負けたのだと思えるくらいに。
 じゃあ、そういう信頼関係とROMESに匹敵するガジェットをもった敵が現れたら?
 そう思ってしまうのです(^_^;)。
 んんんん……???
 ラストがよくわからなくて読み返してしまったー。

 昭和10年~戦前の章と、戦後の1952年(昭和27年)の章。
 ふたつの視点から描かれる物語で、終盤に向かって両者のつながりが明らかにされていくという形式なのですが。
 明らかになった部分と、1952年の主人公である進くんの認識が異なっている、認識が間違っていると思うのですがー。

 具体的には進くんはお父さんたちの会話の中身を取り違えてはいないか……ということなのですが。
 お父さんたちは<六甲の女王>のことを話しているのに、進くんは違う人だと思っているのですよね??


 んー……これはどういうことなんだろう。
 わからなくなって人物相関図を書き出したりもしたので、自分の理解と進くんの誤解は間違いないと思うのです。

 それとともに「過去のあの人が、実は現在でのあの人だった!」という真相に対しても、それが明らかにされたからといって現在の人間関係に衝撃が走るわけではなかったというのも幾分肩透かしをおぼえたところ。
 正体不明であった人物の背景がわかって、過去と現在をつなぐ関係が明らかにされていった部分にはカタルシスがあると思うのですが、それが物語において重要なファクターとなっていたのか……という部分に疑問をおぼえるのですよー。


 その設定をもったいない……と思うのとはまた違うのですよね。
 設定そのものは作品の軸になっていて、今作はそれを基礎にして生み出されているワケで。
 設定は有効活用されていた、だけれどそれがどういう意味を持っていたのかわからない……という。


 過去と現在が読者視点では結ばれたのだけれど、作中の人物にはその「神視点」を持ち得ないので真相を見間違えるのも無理からぬこと。
 人が犯す、そうした間違いへの無常観みたいなものが狙いだったのかなー。
 真実を理解するには、人はあまりに小さい存在である……みたいな。



 進、一彦、香の少年少女たちの関係も、のちに至った最終的な関係が少しもの悲しかったかなー。
 劇的さなどかけらもなく、至極常識的なものに落ち着いてしまったので。
 途中でも未来がそうなるであろうことが示唆されていただけに衝撃を受けるほどではなかったのですが、当たり前のことを当たり前のように描かれたことに対しての脱力感はあったという次第。

 えー、そこはさー、もっと、こう……と思わずにはいられなかったという(^_^;)。



 事前に計画していた「描くべき部分」については描ききって、その計画から外れるような冒険はしていない作品。
 それは完璧さを追求する職人のワザなのだと理解できるのですけれど、形式ばかりにこだわっているような気がして残念な気持ちにもなるのです。


 サッカーW杯 アジア最終予選最終戦 日本vsオーストラリア
 BSで観戦していたところ解説が山本昌邦さんだったのですけれども。
 コメントが微妙に辛口で気になったー。

 実況アナから日本のゲーム展開ぶりへの評を求められたとき――
 「悪くはないんですけれど」
 ――と再三切り出していた点が気になったりして。

 あとオーストラリアが好守備をみせたとき実況アナの「これが世界の壁ということでしょうか」との発言に対して――
 「んー、アジアの、最終予選の壁ですけどね」
 ――とか訂正入れたりしてー。

 なーんだろ、この一線引いているカンジのコメントは。
 トークショーなどで「そろそろ現場へ戻ろうかな」とか色気を見せているようですし、ポスト岡田を狙っているのかなー。

 そのほかの選手のパフォーマンスに納得いっていなかった様子で。
 「岡田監督得意のセットプレーですからね」
 という発言も、簡単に好意的には受け取れないですよーん(^_^;)。


 結果は1-2で追いつかれての逆転負け。
 ドイツW杯のときもありますし、ちょっと苦手意識が生まれそう。
 勝てるイメージが湧いてこないっちうか。
 韓国が宿敵なら、オーストラリアは天敵。
 これは厳しくなってきたかもです……。

 岡田監督の言を引き合いにすると、いまのチームでW杯ベスト4は無理ってことに。
 本大会まで残り一年。
 さらなる上積みを期待して、いまは(いまだけは)予選突破を喜びましょうか。
 「オガムもヘリヘリでございます」
 途中、変なことも起こりますけれど、今作って少なくとも標準以上の水準の作りはしているんじゃないかなーって思います。
 思えるようになりました。
 昨今のアニメシーンで持ち上げられるようなエッジさが無いという点がウィーク・ポイントなのですが、作画は丁寧ですし、語る度合いがそれほど急でもないあたりとかは好ましいような。

 まぁ、ひと言で言えば「地味だからダメ」なんでしょうけれどー(^_^;)。


 「仲間はいつでも――」
 「助け合う! ……だろ?」

 きゃーっ!
 アルサル! モルガン!!(≧▽≦)
 突然現れたアロウンが族長となったことを認めるようになり、そして今回はまた帝国の人間であったオクタヴィアを仲間と認めるように至ったアロウン。
 良い方向へ成長していると描かれているところが素敵だわ~。

 視点はアロウンなんですけれど、主人公はアルサル。
 原作から続くそんな『ティアーズ・トゥ・ティアラ』らしさ(笑)が、ここまで壊されずにきちんと描かれています。

 原作ではモルガンとの関係がそれほど強くは描かれていなかったのにアヴァロン城決戦のときに急に盛り上がっちゃって多少戸惑ったおぼえがあるのですがー。
 アニメではふたりの仲が近くなっていく過程が描かれているので嬉しい~。
 ……そのぶん、ほかの嫁たちのエピソードがけずられている感は強いですが!

 PS3版からのリディアは、今回でもう退場ですか……。
 幸薄そうなキャラではありましたけれど、この使い捨てっぷりはちょっと哀れんでしまいます……。
 部長、かわいい――っ!!!(≧▽≦)
 髪をまとめているほうが良いんじゃないかなーって(笑)。
 どちらかといえばオカルト打ちに分類される部長ですが、前半飛ばすと後半でつかまえられるのが今作の定番コースなだけに、ちょっと不安です(^_^;)。

 しかしドラ単騎待ちで裏ドラまで乗っかっちゃったトコロは、ちょっと震えたわ、恐くて(T▽T)。
 嶺上で必ずツモるというようなものより現実的すぎるように感じて。


 にしても龍門淵の国広一ちゃんはイカサマしないように鎖で腕をつないでいるそうですけれど、あれでは指先の動きは制限されないので牌のすり替えくらいできちゃいそうなんですがー……(^_^;)。
 「幼馴染みを、なめないでよね」
 アメリ、かわいい――っ!!!(≧△≦)
 でもって、知ったような口をきく(というか他人の事情を鑑みようとしない)ましろの独善ぶりが鼻に来るわ――ッ!!!(`Д´)
 諦めるってことが、そんなにも悪いことなの!?
 越えられない壁を認めることがどれほどの強さを必要とするのかわかってるの!?

 「あのときアメリさんが裕理さんの恋人だと言っていれば、わたしは裕理さんを好きにならないよう努力しました!」
 ――ですってよ。
 アホですか、この太転依は。
 「好きにならない努力」とか、ナメてんのかっつー。
 努力でどうにかなるものなの、好意って?
 何様かっ!!!(`Д´)

 あー、あれだわ。
 ましろは自分に才能があるってことを理解していない天才タイプなんだわ。
 個人間の違いを認めなくて、誰しもが同じことを出来ると信じているっちう。
 それを善意で持っているからタチが悪い。
 ……ほんと、裕理にゃあんたがお似合いだわ。
 NBA ファイナルは第5戦でオーランド・マジックをくだしたロサンゼルス・レイカーズが通算4勝1敗としてチャンピオンに!

 ちょっとなぁ……このカードではチームとして総合力に差があったなぁ……という感想。
 マジックのドワイト・ハワード選手、レイカーズのコービー・ブライアント選手という両エースに注目が集められてましたけれど、立場上エースなだけで対決する(比較する)必要は無いワケで。
 あるいはエースだけが活躍しても勝敗が決するワケでもないですし。

 しかしまぁ、ドワイト選手はファイナルになってからは精彩を欠いていたというのは実感。
 ここまでチームを牽引してきたのですから、その実力がこの程度だとは思えないのも事実。
 やぱしファイナルという雰囲気でもっても実力を発揮できる経験が差を生んだのかなー。


 NBAシーズンも終了して、いよいよ夏がやってくるカンジがしています。
 気分的にはここまでが「春」です(笑)。
 ニュースで初めて知ったのですが。
 アニメ『戦場のヴァルキュリア』のOPを歌っているHIMEKAさんって、生粋のカナダ人なんですって??

 15歳のときに『セーラームーン』を見て衝撃を受けて、それから日本語を勉強して、来日してはアニソンGPに出場して優勝して今に至る……って、すごい人だわ~(^-^:)。
 「明日へのキズナ」 悪くないもんなぁ……。

 ウィキペディアでは「透明感のある声」と評されてますけれど、そっかな?
 わりとコブシ効いた力強い声音だと思うのですが。
 うーん……。
 「作りました」感を強く感じてしまって、物語を追うどころではなかったー……。

 感情が昂ぶると電流を発する特異体質な女の子によって巻き起こされる悲喜劇なんですがー。
 当然そんな体質では人との接触で問題が生じて、集団生活では困ってしまうところなのはわかります。
 んでも、なぜその特異体質が「大体二十三歳を過ぎると完全に制御できるように」なるとされているところに引っかかりを。
 遺伝によって低確率で発症する症例なので研究が進まずに不明な点が多いのは置いておいても、しかしここで「二十三歳」という具体的な数値が出る違和感。
 まるで――
学校生活を営むことを困難にさせるための意図

 ――があるのではないかと穿った見方を。


 また過去にその特異体質がらみで人死にまで出た事件があったとされるのですが、その捜査をした警察の杜撰さがまた……。
 当事者からの聴取を最後まで行わず、推察だけで事件を終えようとするなんて。
 事なかれ主義の無責任な官僚制度を揶揄しているのかもですけれど、それが物語の展開に有為になっているのであれば、その批判は場違いになると思います。



 でもって一番の違和感は、先刻のその事件がらみでココロに傷を負った面々がこぞって主人公に「自分たちのために変わってくれ」と求めていることでしょう。
 作中でもこの件は「間違ったこと」として触れられていますけれど、それでも最後に至ってもなおまだこのことが解消されたとは思えません。
 彼らは、自身の傷ついた心を癒すために、主人公に居て欲しいし、自分たちを癒すための存在に変わって欲しいと願うのです。

 主人公もまた傷ついたひとりであることは、誰ひとり考慮していないという!

 自分たちは間違いを犯したけれど、その間違いをただそうと思う。
 だからオマエも正しくあってくれ。

 ――なんて傲慢。
 変化が自発的に生み出されるものでなくて、そこになんの意味が?


 たしかに主人公は受け入れられることを諦めて逃げているのかもしれません。
 でもそれを弱さだと弾劾する資格が、彼らにあるとは思えません。
 いえ、弱さを罪だと、弱いままで居ることは罪であると責めることができるような存在がいるのでしょうか?
 許されない弱さというものは本当にあるのでしょうか??


 主人公は彼らと交わることで強さを得ました。
 だけれども、わたしはその変化が正しいことだとは思えませんし、それを求めた物語が良いものだとも思えないのです。



 チェンバーズレコーズ 5th Anniversary Live へ行ってきた~。
 なんていうか、「歌を楽しむ」というLiveではなく「催しを楽しむ」方向のLiveだったかなー。
 感触としてはアニメ系のイベントに似ているような……?
 着席スタイルということで、それもむべなるかなという気もします。


 5時間の長丁場を3部構成で分けてました。
(話違いますけど、これを考えるとmilktubの4時間超えのLiveとかってオカシイんだなぁ……(笑))
 1部→3部に移るにつれてイベントも「歌」→「祭り」へと色を変化させていったカンジ。
 参加アーティストの知名度も後半のほうが高くなるよう組まれていましたし、これはこれで催しとしてはよく考えられていて成功していたんではないかなー。
 Merry clover のyuikoさんが体調不良で欠席されてしまったり、片霧烈火さんも体調崩されていて歌の途中で咳き込んでしまわれたりと完璧ではなかったですが……。

 2部が始まる前に司会の人が
「まだ三分の一が終わっただけですよ~! みなさん大丈夫ですか~!?」
 と煽ってきたのですけれどー。
 それは1部の途中で指が攣ってしまったギタリストに言ってやれ(笑)。
 まだ三分の一なんだぜ~、後半に飛ばす曲が控えてるんだぜ~(´Д`)。

 んでも今日の音はベースが強すぎてギターが消されていたからどちらにしても……?
 間奏になってようやく聞こえてくるっちうか、そこでようやく存在感を出せたっちうか(そこでしか?)。
 なんだかバランス悪いな~……と感じました。
 Change of the moon としての決め方なのかなー、今日に臨んでの。


 これまで完調のときに合ったことがなかったRitaさんは、今日はバッチリだったように聞こえました(^_^;)。
 お祖父様が亡くなられたと聞いていたので大丈夫かな~……と思っていたのですが、そこはやはりプロなんだなぁ、と。
 出演したあとは早めに退席する可能性も仰っていましたけれど、最後まで残られていました。
 うーん……。
 Ritaさんなりの仁義の尽くしかたなのか、はたまたイベントの熱か。
 どちらにしても今日のRitaさんは輝いていたと思います。


 なかでもわたしが嬉しかったのは中原涼さん!
 まさか『エーデルワイス』の「Remember」を聞けるとは!!(≧▽≦)
 中原さん、ギターを習い始めたということでこの曲で人前初披露とな。
 このアコギが良かった~。
 原曲を変にいじっているカンジはしなくて、雰囲気がぴったり。

 中原さんの楽曲はバラードが多くて方向性がハッキリしていると思うのです。
 それがわたしには面白みの足り無さと感じることが少なくなかったのですけれど、反対に雰囲気をがっちりつかんだときの中原さんの歌曲はパネェっす、マジで!


 あー、えーっとー。
 RirykaさまはRirykaさまでした、今日も(笑)。
 残念だったのはそんなRirykaさまと片霧烈火さんのデュエット曲「紅のダイヤモンド」が歌われなかったことですかー。


 まー、しかし。
 5時間もの長丁場を行うにはスタンディングは難しいという判断から着席スタイルになるというのもわからないではない選択なのですがー。
 それでは、と、逆に座りっぱであるというのも身体に優しくなかったー。

 うーん……。
 着席スタイルのライブは性に合わないってことかー、やぱし(^_^;)。
 bk1購入だったので著者が「17歳の女子高生」とは知りませんでした。
 購入のきっかけは玉置勉強センセのイラスト買い。
 うん、この世界に玉置センセをチョイスした編集は良いセンスと確かなアンテナを持っていると思う~。
 もうそれだけで世界の雰囲気を構築しちゃってますもん。


 で、ひるがえって本編のほうはといえば、んー……。
 作品という体は整っているのですけれど、商品としての意識に欠けているカンジ。
 正しい文章が良い物語を生み出すとは限らないワケで。
 なんちうか、読み手へ「媚びる」ような魅力をかたくなに拒んでいるような堅苦しさお感じます。
 それは、あれですか。
 十代という年齢からくる潔癖さですか?


 不安定な世界があって、なんとかしようと想いが衝突し合って事件が起きるのですが。
 その中で生きている人たちに、その人たちの行為に、読み手を共感させようという仕掛けが無いのですよねー。
 あくまで彼らは彼らの理由「だけ」で動いている。
 それを間違いだと言うのではないですけれど、商品としては魅力に欠けるかなー。


 「書きたいから書く」ということだけでは難しいのでは?
 「書きたいこと」あるのはもちろんで、それをどう伝え、どう読み手に受け取ってもらえるかまでを意識されていないと。
 もちろん「良いモノであれば媚びなくても人はわかってくれるハズだ」という信念があるというなら別ですけれど。



 最後に1点。
 冒頭、男の子の描写で次のような文が。

 齢十七。いまだ少年の様子が色濃く残る顔立ちをしている。

 童顔であるという主張はあるのかもですが、わたしは17歳という年齢がまだ「少年」として許されている社会風土なのだと受け取りました。
 吉原だ花魁だと苦界のことを物語るにしては、ずいぶんと緩い社会なのだな……という印象をここで。
 もちろん彼個人の出自に由来したものかもしれませんけれど。

 そのもの自体を直接に描かなくても、世界の輪郭はなぞられていく……と思った次第。



 萌えだなんだのオタクビジネスを展開しろと言っているのではなく、キャラクターにしか分からない感情で完結してほしくないなぁ……と思うのです。


 今日はバングラデシュ・フェスティバルへ行ってきたのですがー。
 人の入りとか出店数とか、代々木公園で行われる催しのなかでは一番少なかったんじゃないかってくらいの落ち着き加減(^_^;)。
 うーん……。
 まぁ、全く混んでないのはどうかと思ってしまうのですけれども、全体にゆっくりできるカンジはよろしいのではないかとー。


 食事のほうはスパイス効かせつつも全体には薄味方向。
 その代わりに量は多かった気が。
 チキンの串焼き?は30cmくらいの長さがスタンダードっぽかったですし、カレー系も皿いっぱいに盛られてきてました。
 薄味だけど量はある……ということで、こう、夢中になって食べる!というカンジでは無いんですよね~。
 普通に、ホントに御飯食べてるカンジっちうか(笑)。
 最後のほう、ちょっと食べきれないかも……なんて思ったの初めてだったわ!


 そのフードのお値段なのですが、600円とか450円とか端数なのですよ。
 混雑しているイベントですと合計を計算するとか釣り銭を渡すときとかに弱点になりそうですけれど、今日みたいな空いているところでは別に問題は無いですか(笑)。

 メニューも日本語ローカライズして表記してくれてないお店が多くて、掲げられていた写真とか現物を指して「これ!」ってやりとりしてきたわ。
 なんちうか、アットホームなのか本気でそれほど賑やかにはならないだろうと腹くくっているのかどちらかだと思った~(^_^;)。


 期待していたお酒はキングフィッシャーとかマハラジャとかインド系のものばかりで残念!(><)
 考えてみればお酒を造るような場所も目だった特産穀物も無いだけに、お国の色を出したお酒を造るのは難しい土地柄でしょうか。

 しかしそんなインドの色を漂わせていたイベントだったせいか、同じテーブルについた隣のカップルがひと言。

 「なんだかインドっぽいね」

 ……うぉーい!(><)
 高校での教科選択はやっぱり日本史ですか? 倫理ですか?
 わたしなんてバングラデシュとインドの関係を口にするのも憚ったというのに……(それは気にしすぎかー)。
 大会一回戦敗退が常だった弱小バスケット部へ、強豪私立校から転入生がやってきて。
 以前の学校では部員間の軋轢でバスケットをやめてしまおうとまで思っていた転入生だったけれど、T校バスケ部員のおおらかでひたむきな気持ちに後押しされて再びボールを手に。
 そんな彼の加入と指導によって、弱かったチームがやがて優勝を目指すようになっていくお話。

 えー、まぁ、マンガで言うとことの『キャプテン』なんでしょうか。
 実際、転入生の役どころがそうでしたし。
 異なるのは彼にはもともと才能があって、それなのにスポーツ以外のことでその才能を曇らせてしまっていた……というあたり?

 スポーツに限らず、社会は人との交わりで動いていくものですから、誰かの才能が開花するためには当人の努力はもちろん、周囲の人の理解も必要なんですよー……という。


 でもってそうした「持てる人」だけでなく、当初は才能が無いと思われていた部員たちにも見るべき人が見れば個性と呼ばれる才能がある、と。
 その個性をスポーツというシステムのなかで活かすためには、やはり周囲の、それも指導者の部分が小さくないということも示しています。

 ただの個性と言う無かれ。
 それは素晴らしい輝きを放つ原石なのかもしれないのです。
 ただしそれを価値あるものとして認められる人のそばにあってこその話。
 価値を見出さない人の前では、個性は個性のまま埋もれていきますよ、と。



 努力によってそうした才能が開花していくエピソードは微笑ましく、また熱さも生じるのですけれども。
 いかんせんバランスが悪いかなー。
 部員全員……は無理でも、せめてレギュラーメンバー5名にはエピソードを与えてあげるべきではなかったのかなー。
 それをしないのなら、あえて数名を省くのではなく、もっと主人公ポジションの転入生へ焦点を絞るとかー。


 バスケット部のお話というには各人のウェイトに差がありすぎですし、かといって誰かの視点を中心として語られるというには視点がばらけすぎてて……。

 バランスの悪さについては配役についても。
 敵は常に外にあり、内に入ってくる人は全て善人スタンスというはどうにもむずがゆくなってしまいます。
 同世代の仲間のなかにあって、活躍する人とそうでない人の別が生まれてきて、そもそも体格によるハンディもままならないというのに、そうしたことに対して仲間内では誰ひとり妬みや誹りをしないですし、さらには自分に対して卑屈にもならないというのは出来すぎているのではないかなーと思ってしまったわー。

 性格や役割についてあらかじめ一面的に設定されている「枠」から全くはみ出してこない気持ち悪さといいましょうか。
 たとえば「お調子者」と設定されたら、彼の役割も行動もそれだけに終始するという。

 仲間同士助け合って大きな目標へ向かって動き出す熱さを感じてもどこか空虚な感を覚えてしまったのは、そうした性格や行動の単純さが原因なのかもしれません。


 午前3時20分ごろ、家の外へ出てみました。
 それまでWEBでアメダスをずっと見てて、月の位置も確かめて。
 レーダーでは県内の一部に切れ目があったのでもしかしたら……という気持ちでしたが、はたして月は雲の向こうでした。
 こればかりは仕方のないことです。


 月へ落下させたことについて「月へゴミを捨てるとはなんということだ!」という意見を見ました。
 そう言う気持ちも理解できなくはないです。
 つまるところは「ゴミ」の定義でしょうし。

 どこまでも結果を求められた世界で当初の目的を果たしたのちも限界まで活かしていこうと運用された「かぐや」。
 戻ることのない片道切符だとしても、その身を挺して月の低軌道周回へと入り、そして詳細な地表画像を送り続けてくれました。
 最後まで自分が生まれてきた証を立て続けたその行為を無駄だと思うなら、逃れようのなかった「月面落下」という結果は愚かなことなのでしょう。


 あるいは人の想いがそこに込められていたということを理解できないのであれば、ゴミ論議以前に対話が成り立たないような気がします。
 少々ロマンチシズムが過ぎるかもしれませんが、見果てぬ世界を切り開いていこうとするパイオニアをもっと尊んでも良いのではないでしょうか?
 あなたにとって不要なもので「ゴミ」であっても、誰かにとっては大切な価値ある存在なのです。


 で、まぁ、こうした「ゴミ」発言は当然出てくるものだと予測の範囲でしたし、別段それを残念に思うこともで無いのでしょう。
 あいだにあるのは理解と無理解。
 一方で価値あることと思っていても、かたや無価値だと思う人もいるというのは望むところです。
 支援者に求められるのは、そうした意見に対して強く気持ちを持ち続けて、自分が正しいと思った道を歩む存在へエールを送り続けることなのだと思っています。
// HOME // NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。